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朝霧は虫眼鏡と塩化アンモン石を置くと、今は黒衣の青年の姿を取っているメフィストフェレスに向き直った。これで時々、突拍子もなく原色継ぎはぎの服を着て、朝霧を驚かせることもあるのだ。
「バレンタインで女子に本命チョコを両手の指に余る程、貰った僕が?」
「一々憶えてるとこが嫌味だし、やっぱ不気味」
朝霧の顔立ちは整っている。どこか整い過ぎて怖いと評されたことさえある。
悪魔みたい、悪口すれすれのそんな言葉を呟いたのは誰だったか。
実際の悪魔であるメフィストフェレスも、美形だ。本人が望む形を取れるのだから、それは美形にもなるだろう。時々、彼は黒猫になる。それもしなやかな美猫だ。黒繻子くろしゅすの艶が殊更、映える。犬にはならないのかと朝霧が訊いたら、ファウストの時に懲りたと言った。
白く揺蕩う夢の中、ある日彼は現れた。
お前の望みを叶えよう。お前の魂と引き換えに。
そして朝霧は望みを口にした。
世界の救済を、と。
メフィストは嗤った。
彼の強欲なファウストでさえ、そんな野放図な戯言は言わなかった。
すると朝霧は少し考え込む素振りを見せた。
そして彼は望んだ。
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