向日葵畑でつかまえて

17/22
8人が本棚に入れています
本棚に追加
/22ページ
 結局、二人揃って五分もしないうちに表へ出た。庄司はいささかげんなりしたようだった。 「他所を当たってみるか」  家に引き返すのも億劫で、一端ギャラリーを離れると、二人は公衆電話を探しにかかった。裕が電話ボックスに入り、電話帳を覗き込む。庄司は表で待っている。無料鑑定致します――という文字を見付け、裕はそれを指で追った。住所もここから三駅ほどのところだ。  ページを一枚失敬すると、裕は表に出た。事情を話し、二人で線路沿いの道路を歩きだす。住宅街に入り込み、時折手元の広告の小さな地図と、電柱の区域表示を目で追いながら、三十分近く歩き続けた。  こうしていると、なんだか、立派な警察犬を連れた警官の捜査のようにも思えてくる。いささか暑気に参りはじめたところで、ようやく、庄司が問題の看板を見付けて立ち止まった。  場所は線路からは大分外れ、幾分狭まった住宅地になっている。ごったに立ち並んだ家々の屋根の向こうに、三軒立てほどのハイツが見え、その前の電柱にも同じ看板が貼り付いている。矢坂鑑定所――錆びた文字からそう読み取れた。  建物の前までやってきて、どこだろうと思案していると、ちょうどそこに大きな四角いバッグを肩にかけた外国人が前を通り過ぎ、奥から二番目の扉に入っていくのが見えた。簡易事務所だろうか――裕はそちらに足を向けた。  覗き込むと、本当に、事務所どころか一般住宅のアパートの一室に巣食っているという感じだった。建物自体も老朽化してぼろぼろで、取り壊し寸前の雑居ビルのほうがまだまし――というような色合いをしている。合板の安普請のドアを何度かノックし、声をかけていると、ようやく見るからにもっさりとした中年男が顔を出した。 「鑑定をお願いしたいのですが」  裕が言うと、男はさも面倒臭そうな――ぼさぼさの頭と無精ひげがまさしくぴったりな――顔をしてみせた。奥に二人を通し、がらんどうの部屋に唯一置かれたテーブルに座らせる。テーブルの上には、それだけは上品なイタリック体の英語の名刺がちらばっており、裕がそれを弄んでいると、男はどこかから引っ張りだしてきたよれよれのメモに先のちびた鉛筆で、絵画の出所を尋ねてきた。  裕はそっと庄司の顔を見上げた。なんだか、胡散臭いも極地の場所だ。こんなところに話していいのかな? 目配せすると、庄司は顎をなでなで話し始めた。
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!