向日葵畑でつかまえて

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    1  エンジンの音とともに、伏見裕(ふしみゆたか)は目を覚ました。 「長崎の叔母さんが来たわよ、早くいらっしゃい」と、母の呼ぶ声がする。  ベッドの上に仰向けになっていた裕は、慌てて起き上がった。もうじき昼なのに、眠りこけていたのだ。階段を降りてゆくと、ちょうど玄関に、両手に重そうな紙袋を下げたタクシーの運転手が入ってくるところだった。 「珍しいわね。いつもは先に気が付いて降りてくるのに」  台所から顔を出した母が、笑いながらそう言った。気が早くもう財布を半開きにしている。 「いつもの車と違うから。叔母さんは?」 「居間に入ってもらったわ。先に行ってなさい。あんたに、お土産があるそうだから」  そう言って、母は運転手のあとを追い、表に出て行く。裕は玄関に山積みにされた、洒落た外国の文字の貼り付いた荷物を見た。  叔母の耀子(ようこ)は、今年で六十五歳になる。裕の母には兄弟がいないので、正式には大叔母だ。むかし病院の看護婦長を勤めていたせいか、年齢からは想像もつかないほど活発な人で、年に一度は海外旅行に――それも二ヶ月単位の長期で出かけていく。帰国と同時にここ伏見家に訪れる習慣もあり(お土産を、一度持ち帰ってからまた持ち出すのは面倒だからと、叔母は言っていた)その都度、伏見家の人間がまだ一度も訪れたことのない国の習慣を身に付けて帰ってくる。今も、居間にあるソファに浅く腰掛けて、麦茶を飲んでいる叔母の背中は、母のそれよりもずっとぴんとして見えた。 「おやまぁ裕ちゃん、いらっしゃい!」  裕に気が付くと、叔母は笑顔になった。まるで自分の家のような言い方をする。「大きくなったわね。もう何年生?」 「三年生」と裕は言った。「ぼく、そんなに大きくなった?」 「去年より五センチは背が伸びたわ」と、叔母は笑った。「ここにいらっしゃいな、叔母さん、裕ちゃんにお土産があるのよ」  そう言って早速ソファの横にもたせかけていたビニール袋に腕を差し入れる。丈夫そうな袋の腹のところに、大きくアルファベットでパリと書いてあるのが見えた。なるほど、今度はフランスの叔母さんか?
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