お呼ばれさん

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お呼ばれさん

 誰も呼んでいないのに、勝手にやって来る『お呼ばれさん』。  そのグラスは誰のもの?  不自然に空けられたスペースは誰のため?  呼んでなどおりません。あなたの席はありません。  どうかどうか、席に着くことなくお帰り下さい。 * * *  もう十年以上も前、近所で暮らす親戚の家で法事があり、私は両親と共にその家に行くことになった。  生まれ育った小さな田舎町は近所同士の付き合いが濃く、親戚であるうち内の家族以外にも大勢のご近所さんが家に出入りをしていた。  どこかで貸してもらったらしいテーブルが何台も家に運び込まれ、法事の後の食事の席が設けられる。  あちこちで、どこの席に誰が座るとか、配膳の仕方はどうだという会話がなされ、私は大人の邪魔にならないよう、部屋の隅でその様子を眺めていたのだが、料理や食器が運ばれていくにつれ、ふとした違和感を覚えた。  あそこの席はあの家のご一家。あっちは別の家族の席。遠くから来ていても親戚の顔は知っているし、後はみんな近所の人ばかりだから、家族構成はほぼほぼ判る。  だからなおさら感じた違和感。あの、一つだけ空いている席は誰のためのものだろう。  あらかたの人間が席に着き、まだ埋まっていない席も、そこに誰が座るのかはたやすく予想できる。なのにどうしても、その空席に誰が着くのかだけ判らない。  料理は大皿から取り分け式だから、どの席にも、置かれているのはコップと箸、そして数枚のお皿だけだ。だから忙しさのあまり、たまたま数を間違えただけと思えばおかしなことはない。  でもどうしてか、私の暮らすこの土地では、必要な人数分以外の食器はテーブルに置いてはいけないという習わしがあった。子供の私ですらそれを知っているのに、大人がわざわざ余分な食器を置く筈がない。  誰のための用意なのかは判らないけれど、きっとあそこには誰かが座るのだ。そう思い込もうとしたけれど、席があらかた埋まっても誰もそこに座らない。だから私は、台所仕事が一段落して席に着きに来た母に空席のことを尋ねた。 「お母さん、あそこは誰の席?」  それはほんの小さなつぶやきだった。  本来なら周囲のざわめきに掻き消され、隣にいた母にすらろくに聞こえなかっただろう声。でも、私が発した小さな疑問に、一瞬でその場の空気が凍りついた。 「うわぁぁぁぁ!」  悲鳴を上げたのは空席の隣に座っていた近所のおじさんだった。
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