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「あなたが今回の職業訓練を受けたいと思う動機を聞かせていただけますか」
質問を受けた男性はくしゃり、と増えたわかめのような髪を掴んだ。わかめのようにミネラルがたっぷり詰まった健康的な雰囲気はまるでない、白髪も混じっている。ただひたすらに見た目が海藻なのだ。応接室の窓から差し込む日光があたって、男性の頬がわずかに喜んで見えた。おそらく久しぶりの日光なのだろう。
「暑いです? ブラインド下ろしましょうか」
「ああ、いえ……」
男性はやる気なさそうに肩をかいた。よれよれの着古したシャツのど真ん中に派手な十字架がほとばしっている。俺はこっそり視線を逸らしてため息をついた。駄目だこりゃ。
「あんたは大丈夫なの?」
「あ、僕ですか? 太陽?」
「そう、太陽。焼けそうじゃない? なんか、暑そう」
びっしり生えた黒髭の下の唇を横に広げ、黄色い歯を見せイヒヒと笑う。なにひとつ面白いことなどない。
なにをさりげなくため口聞いとんじゃと脳内で言い返してから、徐々にゆっくりと唇を釣り上げて笑顔をこしらえた。
「僕は大丈夫ですよ。じゃ質問に答えて貰っていい?」
「やっぱさ」
海藻男はそのときだけ瞳を輝かせた。
「パソコンって楽そうじゃん?」
「はい、お疲れ様でした」
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