2:入学式

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 ガタリと音がし、顔を上げると、うつむき加減の興梠が両手で丁寧に扉を閉めるところだった。入ってすぐ左手の角に設置してある自分のデスクに荷物を置き、上着を椅子にかける。いつもより随分早い登場が、彼女が昨日のことを忘れていない証のように感じられた。 「おはよう」 「おはようございます」 「早いな」 「佐藤さんこそ」 「占いの結果に腹が立ったから早く出てきたんだ」 「佐藤さん占いなんて信じるんですか」 「信じてるわけではないが」  なんだこの普通の会話は。昨日の面接の書類に順番に目を通しながら、非常にニュートラルな気分で受け答えする。仕掛けられたのは、突然だった。 「朝っぱらからお前の運勢最悪だって言われたら嫌じゃないか?」 「レイプ犯の運勢なんて毎日最悪でいいんじゃないですか?」 「レイプ犯!」  俺と目があうと、興梠は憎たらしいくらいキョトンとした顔で首を傾げた。 「聞き捨てならんぞ、なんで俺がレイプ犯なんだよ」 「もう忘れたんですか? 無理矢理押し倒して私の血を吸ったじゃありませんか」  つかつかと俺のデスクまで近づいてくると、タートルネックのセーターをぐいと引っ張り、首の横っ面を強引に俺の視界に入れた。おもいきり噛んだから様子が気になっていた。しげしげと観察する。  血が固まり、傷口が黒っぽくなった穴が小さく二つ空いている。
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