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「おはようございまーす!」
ガラリと痰が絡んだような音で職員室の扉が開いた。講師の連中が続々となだれこんでくる。
「おはようございます」
「おはようございます~」
俺たちは同時に姿を戻し、何食わぬ顔でそれぞれのデスクに戻った。いつもの一日が始まる。興梠が各講師に次期の授業の時間割を配って回る。
「はい、どうも。────佐藤先生」
「はい?」
「北畠先生どうなってるの?」
頭皮は既に怪しい雲行きで老けて見えるが、まだ40代の男性講師。労働保険と社会保険を担当しており、名を横田という。俺よりも北畠とのほうが年齢が近く長い付き合いである。興梠が湯呑みを置くと、喉が渇いていたのかすぐに取り上げてさっそく口をつけた。頬の内側で液体を転がしながら丸い目で俺を見る。
「ああ、ねえ……」
ぶっちゃけ知らない。急病で倒れたのが北畠さんに関して俺が持つ最後の情報だ。
「入院したんでしょ?」
「え?」頓狂な声を上げると、去り行く興梠がちらりと横目で見てきた。「そうなんですか?」
「うん、本人が言ってたよ。休む直前にたまたま会えたんだわ。調子が戻らないから入院するって」
「あらあらあら。それは大変だ」
つい他人事のような言い方になったが、咎める者は誰もいなかった。優しい世界だ。
「でもな、俺は急病じゃないと思う」
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