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「で、猫飼っててそれで?」
猫が公に認められたことに、男は素直に表情を明るくした。よほど嬉しいのか「飼ってるんですよ」ともう一度前置きしてから始める。
「なにもないところを目で追ってるんです」
「猫ってよくやりません?」
「ええ、しょっちゅう。たぶん幽霊がいます」
「どうかな」
存在の有無で言えば幽霊はいる。サンシャインでは見かけたことがない。顎を撫で、無心に考え込んでいる男を眺めた。完全にいると信じ切った口調の彼になんと言おうと、コンクリにマチ針を刺そうとするようなものではないか。
「幽霊じゃなくて怪物なんじゃないですか」
「え?」
とぼけた返事で顔を上げる。その少年のような顔に、笑みを落とした。
「最近の怪物は進化して人間社会に紛れて暮らしてるって、もっぱらの噂ですよ」
「そうなんですか!? じゃあ管理人さんに相談しなくちゃ」
なぜそうなる。
「あなた──ええっと」
「佐藤です」
「佐藤さんもなんかあったら管理人さんに相談したほうがいいですよ。頼りないけど悪い人じゃありません。たぶん暇してますから。住人同士助け合わないとね」
とどめに最高級の笑顔で、もう友だちかのように俺の肩を軽く叩いて自室のドアを開けた。
「僕はマハラっていいます。佐藤さんおやすみなさーい」
「おやすみなさい」
蛍光灯の切れた真っ暗の廊下に俺ひとりだ。
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