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俺たちは駅の改札で別れた。長々と話し込んでいたせいで行きかう人はまばらで、柱の陰で立ち話をしていても邪魔にされることはなかった。
「お疲れさん」
「お疲れ様でした」
短い挨拶をかわし、踵を返す俺を「佐藤さん」と興梠が呼んだ。
「ん?」
両手でバッグを持ち、まっすぐに立つ姿勢から興梠は一歩進んだ。上着のポケットに入れた左手の、肘のあたりを引っ張る。
「怪我は大丈夫ですか」
気づいていたか、床に倒れた際、北畠の触手が腕をかすっていった感触がした。微々たるもので気にするほどの痛みはない。
「うん」鋭い洞察力への感嘆から返事が遅れる。「大丈夫だよ」
「申し訳ありませんでした」
興梠はゆっくりと頭を下げた。
「なんで。謝ることなんかないだろ。真面目か」
「はい。私、真面目です」
「知ってる」
「あの、ほんとにごめんなさい。怖いです。見たこともない妖怪でした。もし変な細胞が入り込んだら大変。そこで……私にいい考えがあるんですが」
悔恨の暗い色を宿した瞳が、ほのかに光る。おや、と俺の気持ちも動く。
「いい考え?」
「はい。その部分食べてあげます。花でも病気になったら切り落とすじゃないですか」
早くも爛々と赤く目玉を輝かせ、口から糸を引いている。簡単に心を動かした自分を嘲笑った。興梠は可愛い部下であり、生粋の妖怪でもある。
「生は私も危険なのでちょっと焼いて……いいアイディアでしょ?」
「やかましいわもっぺん血吸うたんぞ。おやすみだ。解散」
「はあい……」
《開校・終》
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