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建前上、店を選んで相手を楽しませるという接待をしなければならないが、それは興梠がすべて手配してくれるそうだ。俺はただ、彼女をどのように導いてどうやって俺の毒牙にかけるのか、それだけを考えていればいい。
「このバー素敵だと思いません?」
青紫とオレンジが混じる空と、帰宅ラッシュで車と人の量が増えるやかましいこの一枚の画が一日の終わりを実感させる。彼らから見た俺も帰宅しようとする人物画のひとつか。興梠の差し出すスマホ画面の眩しさが、夜の始まりを強調してピカピカと鋭く光った。
「うん、いいんじゃない。興梠さんお酒が好きなの?」
「飲みます。強くはないけど」
合格。
「飲みすぎに注意だね」
「ですね」
興梠が見つけたバーは駅近くの貸しビルと貸しビルの間にぽつんと建っていた。写真で見た綺麗な内装は、外観からは想像もつかない。もっと汚くてボロに見える。入ってから興梠も同じようなことを口にした。
「もったいないですよね。外も綺麗にすればいいのに」
背の高い椅子に座る興梠は、赤いタイツを履いた足をブラブラさせた。靴も赤い。
「でも俺たちの学校もさ、外から見たら怪しい会社としか思えないだろう。失業者のスキルアップのために簿記やFPの授業してるなんてさ。日直まで決めて」
「たしかにたしかに」
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