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興梠の頼んだカクテルの白さが視界に入り、俺は勝手にグラスをつまんだ。特に嫌がられるということはなかった。内心はどう思っているのか知らないが。
「なにこれ?」
「わかりません。見た目で選んじゃいました。ホワイトレディ? 名前が可愛くないですか?」
「ふーん……たしかに、女の子が好きそうだ」
「佐藤さんのは?」
興梠が俺の赤いグラスを覗くように、首を低くする。
「ブラッディローズ」
「ブラッディローズ?」
興梠が顔を上げたタイミングに合わせて、彼女の瞳を覗き込む。
「そう。ブラッディローズ……」
ふ、と奥の瞳孔が広がる。
「……という名前の、トマトジュース」
興梠のぽってりとした唇が、ゆっくりと弛緩して開いていった。
「そうなんですか?」
「そうだよこんなの。ご大層な名前に惹かれるが立派な農家で生まれたトマトでできてるんだ」
「なんだあロマンを感じたのに意外と清純派なお酒なんですね」
「ロマンを感じさせることがこいつらの仕事だからな」
「あーあ」わざとらしく天井を見て、興梠は両手を広げて伸びをした。「職場もカクテルも同じ。外見と中身のギャップは味わってみないとわからないってやつですね」
「人間だってそうだ」
外見は中身を売る道具だ。醜いよりは美しいほうがいい。だからこの店も、外の壁は綺麗にしておいたほうがいい。
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