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そのうち、興梠が眠そうな様子を見せ始めた。瞼が半分くらい閉じ、口数も少ない。いまにも机に伏しそうに頭がゆらゆら揺れている。
意外に早かった。酒が強くないというのは本当らしい。俺はしばらく興梠の様子を眺めてから、大丈夫か? と訊ねた。
「興梠さん、興梠さん。寝るなよ」
「うん……」
敬語も忘れて目をこする。女性の不思議でメイクが落ちなかった。魔法だ、と思った。
「もう帰る? タクシー呼ぼうか」
「ちょっと……気持ち悪い。かも」
「そいつは大変」
彼女の酔いのまわりの速さに便乗する分際でなんだが、自分の体質とアルコールの相性の加減がつけられない人間はなにを考えているのだろう。呆れる。自己管理ができていない証拠だ。
「帰れないねえ……そんなんじゃ」
腕をとると、興梠は簡単に俺の肩に頭を預けてきた。なんて無防備な。
外に出ると、青紫とオレンジだった空は、一面の黒に変わっていた。ただ今宵は満月で、月が放つ光の周囲だけがいつもより明るく青白い。
「なんて無防備な」
月に向かって呟いた。俺に身を預ける興梠は眠っているように見えた。彼女の頬を月光が照らすと、青白く光った。
興梠は丸裸の月と同じである。さながら俺は、月に狂わされる化け物だ。
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