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チョコレート
いざ、バレンタインデー!
と、沙織の心の中は意気込んではいるが、手作りは自信がなくてチョコは買ったし、朝に一真と会った時は渡せなかった。
沙織と一真は恋人関係である。「付き合わねえ?」という言葉に「いいよ」と返しお付き合いを始めてまだひと月ほど。やっと手を繋いだくらいで未だ“すき”と言葉にして伝えていなかった。
「一真」
帰り道、その背中に沙織は声をかける。冷えた空気に緊張の籠もった熱が白い息となった。
一真は振り返って、いつの間にか足を止めた沙織と離れていたことに気が付いて二歩分戻った。
「なに」
いつもと変わらない口調なのに、沙織はなにか意味があるような気がしていた――私からのチョコを、期待しているのか、否か。
どちらにせよ、渡したい。まだ友人だった頃にも渡したことはあるのに、“恋人”と関係の名前が変わっただけで何故かどきどきして、受け取って貰えるだろうか、と考えて臆病な心が前に出る。
「これ…………渡してって頼まれたから」
差し出したチョコの箱。一真が好きそうなチョコとパッケージのシンプルさで選んだ。頼まれ物ではない、本命のチョコだ。
だと言うのに沙織の口からは自分でも驚くような台詞が出てしまった。
「ああ……そう」
一真がそう言ってチョコの箱を受け取る。手に持ってじっ、と見ているのを沙織は内心で焦りながら早く訂正をしないと、と思うのに中々言葉になってくれない。
「――お前からのチョコかと思ったら……」
ぽつり、と冬空から最初の雪が一粒落ちてくるかのような声だった。
三秒だけ瞳を合わせてから一真はチョコの箱を仕舞った。半身を返す。顔が見えなくなって、沙織はどきり、とした。
「一真っ」
慌てて呼んでその腕にしがみ付くように触れた。また、瞳が合う。一、二、三。
「ごめん」
「別にいーけど」
「そうじゃなくて……」
帰り道、道端で話す二人の雰囲気は別れ話をするカップルに見えたかも知れない。通り過ぎていく人達の視線を感じたが、沙織は一真の腕に触れたまま離さなかった。
「――そのチョコ、本当は……」
手を繋いで帰る、というのが今の二人にとって一番幸せなことだ。今日もそれが叶っている。
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