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「できました」
わたしはブラシを置いてリルに声をかける。
少し前までならブラッシングの後はしばらくフワフワしたリルの身体を堪能していた。
わたしがフワフワモフモフ好きなことを知っているリルは終わってもしばらくはじっとしてわたしの好きに触れさせてくれていた。
けれど、近ごろは。
「ありがとうございます」
そう言ってさっさと部屋の隅に用意された衝立の奥へ向かってしまう。
どれだけまともに口をきいていないだろう。
--あの日、から。
わたしがリルに仕事のことでお願いをして、その夜は基地から帰らなかった日。
わたしが初めて街に出た日から。
わたしとリルはまともに口をきいてもいなければ、視線をろくに合わすこともない。
すでに一月近い時間が経っているというのに。
「……失礼します」
見えていないのは承知で頭を下げて部屋を出た。
何故リルは何も言わないのだろう。
わたしは与えられた自室ではなく回廊の庭に向かいながらまた今日も考える。
考えたところで答えなど出ないのだけれど。
だってわたしにはリルが何を考えているのか、さっぱりわからないんだもの。
わたしがリルのいない間に街に出ていることも、紹介所に通って仕事を探していることもリルは知っているはず。カルダさんがリルに報告しているはず。
なのに何も言わないし何も聞かない。
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