1.スノードロップの残り香を。

4/4
前へ
/4ページ
次へ
「好きって言わないでって、あなたは言うけどもさ」 生理的に滲んだ涙もそこそこに唇を震わせていた僕に、彼女はそう静かに言う。 「好きな人に好きって伝えて、何がいけないの」 それが本心じゃないからでしょ?と言おうとして、また胃が震え始めた。止める間もなく口からこぼれ落ちた白い花は、彼女の膝の上にボロボロと降り注がれた。強烈な花の香りに、気持ちが悪くなる。それ以前から気分は悪かったけども、彼女の言葉と今も摩ってくれる手のひらの感覚が、なおさら僕の身体を痛めつける。痛みとともに、苦しみを。君から与えられる感情が、いつしか苦痛へとかたちをかえた。愛しかった君から受ける言葉が、刃となって心を刺した。 「…あなたが好きよ。スノードロップの花を吐くあなたが好き。」 ぎゅっと、彼女の細腕が背中に回る。 子供をあやす様にポンポンと撫でられる感覚に、どうしてか、目尻から涙が零れた。 君を好きになってしまった自分を呪う。同時に、君が僕を好きになってくれないから、自分を呪いながら君を呪う。そんなふうにしか君を愛せない僕が、殺したいほどに憎い。 「……僕を……して」 「ん?なぁに」 震える腕に力を込めて、彼女から離れる。掠れた声で呟きながら、僕はきっと彼女を睨みつけた。驚いた顔すらしない君は、あの僕の好きな猫目を、きゅっと眇めて彩やかに微笑む。そんな風に艶やかで美しい君を、本当に愛しく思う。 それでも、僕は。 「僕を、愛してよ」 君の柔い手のひらを拒み、その滑らかな肌に爪を立て、色鮮やかな鮮血を見れば、幾らかはこの病も治まるのかもしれないと。噛みつきたくなるほどに扇情的な細い首に噛み付いて、赤い花の痕を残したいと。けど、そんなふうに血迷いたくはない。君を傷つけなくはない。だから、お願いだ。 懇願するように腕を伸ばし、くっと顔を下げて堪えるように唇を噛んだ。 「当たり前でしょ」 あぁ、そうだ。君は、そうやって、僕の腕をとる。 そして、微笑むのだ。ひどく残酷に、美しく。そのあでやかさに、僕は結局何も言えなくなる。 僕はいつまでも、君の残り香に囚われている。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加