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花を吐く。
そんな奇病にかかるはずないって僕は思ってた。ものがたりの中でしかみたことのないそれが、現実的に起こるわけないと。
口からせりあがってきた異物に、それを口からぽろぽろ流しながら、僕は驚きのあまり目を見張った。震える指が口元を覆い、甘い強い香りのするそれをぐしゃりと握りしめる。本来ならば、口から落ちるはずのないそれが、気持ち悪くて不気味で。
「どうして…」
えづきながら呟いた言葉が空に消える。空中に散った淡い言葉を繰り返しながら、僕は膝を着いて頭を垂らした。どうして、こんなもの、夢としか思えない。夢だといえたらどんなにいいか。胃のあたりに感じる不快感に冷や汗を流しながらも、僕は緩やかに腰を折って吐き気に備えた。
1度だけ聞いたことのある、この病の正体。叶って欲しいと強く望んだ人の願いが、病となって形になる。願って願って、願い続けた結果、叶わぬと絶望した身体が病に落ちるという。もしそれが本当ならば、僕の病の正体はなんなんだろうかと、霧がかかったような頭を霧散させようと緩やかに首を振る。
ふわりと浮かんだのは、僕の恋人。艶のある黒髪に、肌の綺麗な猫目の彼女。
「どうして隠すの」
微笑んだ彼女が、えづいて腰を丸めた僕にそっと近づいてきた。やめて、こんな姿、見ないでくれ。そう主張するように片腕で緩く制止するが、彼女は僕の腕を乗りこえて近づいてくる。
「隠さないで」
彼女の細い指が僕の背中をさする。微かなラベンダーの香りが僕の鼻腔を擽る。
しかし、彼女を視認したその瞬間、胃が痙攣して「あれ」がせりあがってきた。
「うっ、げほ」
僕の口元からぽろぽろと落ちてくる白い花。咳き込みながらも、目を強く瞑って耐えるように片方の手のひらをぐっと丸める。
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