Day story 62-⑲「クレマチスの戦姫」

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Day story 62-⑲「クレマチスの戦姫」

【Scene:19「対戦相手」】 ケールニヒと飲み明かした翌日、ペルセフォネは再び会場へと訪れた。 ただし、昨日とは違う事が一つある。それは 「レディ、腕章はしていますね?」 「ああ、ほれ。ちゃんとしとる」 「結構です」 ケールニヒが待機に同行した事だろうか。 試合前のナーバスになりがちな時間を埋める為なのか、彼は早朝から彼女と合流し、この場へとやって来た。 チラリと見ると彼は忙しく室内を歩き回り、あれこれとペルセフォネに問い掛けては身の回りの世話を焼いている。 いっそ彼の方が、自分が出場するのではないかといった様子でうろうろと動き回り落ち着きがない。 ペルセフォネは小さく溜息をついた。 ケールニヒは問い掛ける。 「忘れ物は?体調と気分は?今から剣を交えるのは公都の騎士です。彼らは実戦経験こそ乏しいとされていますが、試合ともなればかなりの実力を発揮してきます。ここは彼らのホームですから、くれぐれも油断などしないようにーー」 「うるっさいのう…お前さんは儂の母親か!」 思わず悪態をつくペルセフォネ。だが昨日の今日で早くも彼女の扱いに慣れ始めたケールニヒは特に気にした様子もなくこう答えた。 「母親ではありませんが、気持ちは似たようなものです」 「うげ」 「当然でしょう?なにせ俺は貴女に、俺が背負って来たものを全部託したんですから。勝って貰わなければ困ります」 当たり前のようにそう言って、彼は笑いかけた。 「貴女も約束してくれましたしね。俺たちの願いを陛下のお耳に届けると」 「ああ」 「だから、俺はそれを信じて託す事にしたんです。だから…だから、口煩くもなりますよ、そりゃあ」 「ケルン」 「自分で出来れば一番でしたけど、負けてしまいましたからね。まあ、だからと言って恨みはしていませんし、どちらかと言うと気分は割と楽なんです。口出しするだけでいいので」 「ぐぬ、気楽じゃのう」 「貴女は負けない。そう信じてますので」 しれっと言い切ったケールニヒに、ペルセフォネは一瞬パチパチと目を瞬かせ、それから吹き出した。 「はは、そうか!」 「ええ」 昨日会ったばかりの相手だと言うのに、もう既にずっと昔から友人であったかの様な雰囲気にペルセフォネは吹き出すと、勢い良く立ち上がった。 折しも会場から出場者を呼ぶ声がする。 「出番かの」 「その様です。レディ、ご武運を」 「おう、任せておけ!」 凡そ貴族の子女らしからぬ呵呵大笑で胸板とも呼べぬ胸元を叩くと、ペルセフォネは立ち上がり、そして自分の頬を両手で軽く張った。 乾いた音が待機部屋に小さく響く。 「よし…勝つぞ!」 「では俺は客席で応援してますね」 「ああ!終わったら今度はレシャンティーのワインで乾杯しよう」 「楽しみにしてます」 ケールニヒに見送られ、ペルセフォネはゆっくりと闘技場へと足を向けた。 暗い通路を通り抜けた所で、俄に光が指し一瞬目眩の様な眩さを感じた。と同時に、どっと会場全体が湧く。 組対の決勝戦だからか。 いや、それにしても会場の熱気が凄まじい。 前日までのそれとは違い、ここまで大気が震えて届くほどの大歓声だ。 「ふうむ、今日の相手は余程と見えるな」 最終戦の相手は確か、騎士団の騎士だったはず。御前試合は赤と黒の激戦区から各1名、貴族側の白と青の組から各1名が勝ち残り行われるが、今日は黒の組勝者のペルセフォネと赤の組勝者の対戦が組まれていた。 これに勝てば、後は貴族側のトーナメント勝者である白か青の組勝者と対戦して優勝が決まる。楽な消化試合となるはずだ。 とはいえ奇妙なのはこの熱気。 赤の組も叩き上げの激戦区に違いないが、ここまで会場を湧かせる人物がいたという記憶はない。 「妙じゃの…?」 不審に思いながらも審判の呼び声に応え、片手を挙げつつ入場し、その最中に額冠をパチンと下ろした。 坑道にも似た通路を抜け、光指すアリーナへと足を踏み入れると、向かいには既に対戦者となる騎士の姿があった。 そこでペルセフォネは大歓声の理由を知る事となる。 「な」 対戦相手を見た瞬間、彼女は凍りついた。 白銀のフルプレートに公王国の国家色である深海青のーー濃紺より黒に近いーー色合いをした国章があしらわれたマント。 手には騎士団の紋章が鞘に刻まれた片手剣を所持している。 背は高く、長身のペルセフォネよりも頭1つは大きい。体格もケールニヒより立派で威圧感があり、正に物語に出てくる英雄ーー騎士そのものに見えた。 「馬鹿な…!」 ペルセフォネは思わず瞠目し思わず審判に、これはどういう事かと視線で正すと、審判は一言。 「諸々の都合により、対戦組の変更が行われました。本日の試合は黒と白の勝者で行われます」 「聞いとらんぞ!」 「先程変更となりましたので。ですが大した違いはないのでは?最終的に対戦する相手には間違いありませんので」 「確かにそうじゃ…じゃが、まさか白の勝者が公宮近衛騎士、第2正騎士大隊長オスカー・モルデック・ド・バダンデールとは…!」 またしても嵌められた! 苦い顔をしてペルセフォネは呻く。 「これはまた、とんでもない奴が出て来おったわい」 彼の事を知らない者は、このジューネべルクにはいないだろう。 ペルセフォネですらその噂を耳にしている。 公王家が保有する近衛騎士団、正騎士部隊の大隊を預かる男で一般的には騎士団の副団長として広く知られる人物だ。 副騎士団長と言えば騎士団のナンバー2と思われがちだが、剣の腕だけならば国内随一。 現騎士団長が退けば次の騎士団長は間違いなく彼になるだろう。 ジューネべルクでの騎士団長は城に詰め、儀礼祭典や練兵を行う事が主な仕事であり、現場のトップが年齢などを理由に昇進して成る名誉職だ。故に彼の騎士団長昇進はまだ先の事と言える。 つまり、実質的に実力トップの騎士が組対抗の最終戦で出て来た。と言う事になる。 「まあ、国の威信もある分、当然と言えば当然なんじゃが」 さて、どうしたもんかのぅ いかに公太子の推挙とは言え、ただのポッと出の貴族の娘に武の極を譲る事など出来はしないと言うのは分かる。 しかし、バダンデールは先の帝国との大戦で傷を負っており、治療中との噂もあったので途中で落ちるかとも思っていたのだが、まさかここまで勝ち上がっていたとは。 「万全の体調とは思えんが…」 自国の英雄と戦えるのは嬉しいが、もしこの御前試合でうっかり怪我を悪化させようものなら国中が敵になるかも知れない。 ひっそりと溜息をつくと向かいの方で、バダンデールがフルフェイスの中で笑う気配がした。
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