Day story 63-①「クレマチスの戦姫Ⅱ」

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Day story 63-①「クレマチスの戦姫Ⅱ」

【Scene:1「話は一時、現代に戻る」】 「サー・バダンデール...あの英雄と、お祖母様は戦われたのですか?!」 延々と続く祖母の昔話を聞いていたエルフェンティスは冷静な声音ながらも、年頃の少年らしく目を輝かせ身を乗り出した。 彼の父がこの場にいたら、まず間違いなく「次期当主ともあろう者がなんたる振る舞いか」と叱る所だが、生憎この場にそれを咎める者はいない。 普段ならば厳格で知られる前当主ーー彼の祖父辺りが止めるのが常なのだが、久方ぶりに訪れた孫の、子供らしい姿を微笑ましく思わない祖父が何処にいよう。 ましてや自らもかつてはこの孫と同じく多くの制約の中で生きていた。だからこそ、ここにいる間くらいは孫に子供らしい、感情のままに過ごして欲しいという願望もあったが故とも言える。 無論、それが妻のーーこの鼻持ちならない女の自慢話が原因であったとしてもだ。 一方で彼らの孫娘はというと、一向に出会う予感のない祖父と祖母の様子に少々ご立腹のようで 「むぅ~...」 丸いほっぺたを膨らませて不満を露にしていた。 「あえこえー!」 馴れ初めはどうした、ラブロマンスは、と祖父の膝の上で足をパタパタと振って先を催促する。 「これ、ソルシアナよ。暴れるでない、ベネトロッサの子女ともあろう者がなんとはしたない」 対して祖父は厳しくそう窘める。子供に言い含める様な優しげな声音では断じてなかったが、キツイ言葉とは裏腹に、若い頃から年中微動だにしないしないはずの眉尻が僅かに下がっている辺り、彼なりに困っている様子ではあった。 「おじーちゃまぁー」 「馴れ初めなぞないと言うたであろうが」 「う~!」 「期待を裏切る様で悪いが、これとの出会いなぞ覚えてもおらん」 祖父が告げると孫娘は不満顔。 その反応から見るに、恐らく物語でありがちな恋物語を期待していたであろう事は想像に固くない。が、無いものは無いのだ。 無表情で流そうとする祖父。しかし、祖母はと言うと小器用に片眉を跳ね上げ 「ほーう、出会うた日すら覚えておらんと来たか」 「何が言いたい」 「いいや、別に。ただそれで良く儂の様な風変わり者を妻にしたもんじゃなと思うての。物好きか」 「別にしたくて妻にした訳ではない。貴様も知っていよう」 「じゃな。しかしその台詞、そっくりそのまま返すぞ。儂とて御免じゃったわ!はん、珍しく気が合うたの!」 「喧しい。全く…ああ言えばこう言う。本当に前当主の妻とも思えぬ。なんという口の悪さか」 「それはお互い様じゃろうて。つーが誰が好き好んで貴様の様な石頭に嫁ぐというんじゃ。仕方なくじゃ、仕方なく!!自意識過剰も大概にせい!」 「それこそ重ね重ね喧しいわ!こちらとて貴様なぞ願い下げてあったに決まっていよう!四度も婚約破棄された無作法者なぞ、我が友カミユが泣いて縋らねば誰が好んで嫁にするか!」 「なんじゃ、その言い草は!兄者の悪口はやめろ!ああそうか。やる気か、やる気なのか!なら相手になるぞ、表に出ろこの偏屈者めが!」 「直ぐに暴力に訴える…ああ、これが我が妻とは、ベネトロッサとは。誠に、誠に嘆かわしい!何故これを娶らねばならなかったのか!今からでもカミユに文句も1つも言いたい!!」 「兄者は既に幽世の住人じゃ!死人に鞭打つ気か、この冷血漢!!」 「貴様のせいでカミユはいらぬ苦労を背負うたのだ!少しは自覚しろ、この大馬鹿者めが!!」 再び言い争いを始める祖父母。 エルフェンティスは「ああ、またか」と嘆息し、ソルシアナは不満そうに頬を膨らませる。すると パンパン 軽く手を打ち鳴らす音がした。 驚いた二人がびくりと肩を震わせ、音のした方を振り返ると、戸口の所にフード姿の青年が佇んでいる。 「はいはい、そこまで」 目深にかぶったフードの奥から多いに呆れを含んだ声がした。 来客だろうか、なんとも急な仲裁者の登場にエルフェンティスもソルシアナも驚いた様子で目をぱちくりしている。そんな子供たちの姿を認めると、青年は小さく苦笑してゆっくりと室内に入って来た。 「お二人とも、孫っ子ちゃん達の前でみっともないとは思わないんですか。お互い、もう良い歳でしょうに」 「バーレ!」 「…バーレンクラハ!」 青年が窘めると祖父母は同時に彼の名を口にした。 「まったく、寄ると触るとすーぐ喧嘩ばかりする。ほんと、いい加減にして下さいよ」 肩を竦めると青年はフードを取る。 はらりと揺れた厚みのある布地の下から、ぴょこりと人間のそれよりも長い耳が飛び出しピクピクと動くと、エルフェンティスは驚きに目を見開き、ソルシアナは物珍しそうに凝視しつつ小首を傾げた。 バーレンクラハと呼ばれた青年は通常、人の世でお目にかかるには大層稀な存在ーーハーフエルフと呼ばれる、人と妖精の混血児だった。 亜人種の中でもその特異な生まれ方から特に稀な、人に最も近い姿をした人とは違うもの。人ならざる者。 とはいえ、耳が多少長い事を除けば手足は2本だし、目も2つ。 人型の亜人種、例えば獣人などに比べれば遥かに人に近い姿をしており、その為そこにさえ目を瞑れば怖くもなんともない。 寧ろその顔立ちは穏やかで口調も親しみやすい為、普通の騎士や貴族の従僕たちよりも好感が持てる人物のようだ。 だからだろうか。 彼の姿を認めると、祖父の膝で不貞腐れていたソルシアナはもぞもぞと身動きし、幼児とは思えぬ俊敏さでパタパタと走り寄ると、バーレンクラハの足元で首が痛くなるのではないかというくらい真上を見上げながら興味津々に目を輝かせた。 「ソラ!」 「ん?ああ、孫っ子ちゃん、ソラって名前なのか。俺はバーレンクラハ。バーレでいいよ」 「アーレ!」 「バーレ、ね。まあ、まだちょっと発音難しいか。エルフもハーフエルフも、基本的に凝った名前の連中が多いしなぁ…ま、俺はハーフエルフなんて、自分以外に知りゃしませんがね」 「アーレ、ソラ!」 「うんうん、自己紹介ありがとう。それにしても…ちっこくって懐っこくって可愛いなぁ。ソーちゃん、おじさん、ちょっと抱っこしてもいい?」 「ん!」 バーレンクラハがそう言うと、ソルシアナは嬉しそうに両手を伸ばした。 物怖じするどころか寧ろ嬉々として手を伸ばすソルシアナを抱き上げると、バーレンクラハは優しい色合いの瞳を穏やかに細めて笑った。
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