Day story 63-⑤ 「クレマチスの戦姫Ⅱ」

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Day story 63-⑤ 「クレマチスの戦姫Ⅱ」

【Scene:5「隠された真実」】 「……」 全ての試合が終わった。 ペルセフォネは控え室で頭からタオルを被り、俯いている。 その傍らには御前試合の優勝杯が無造作に転がっていた。 「レディ、大丈夫ですか」 ケールニヒが気遣わしげに声を掛けたが、彼女は答えなかった。 ただじっと唇を噛み締め俯いている。その様は、とてもではないが勝者の姿とは思えない。 「ケルン、儂は…勝ったのか?」 ぽつりと漏れた言葉でも、彼女自身が一番その勝利を疑っている事が伺えた。 「教えてくれ、ケルン…お前さんの目から見て、この勝利は妥当だったと思うか…?」 「…そうですね」 ケールニヒは少し考えると優勝杯を近くのテーブルに置き直し、少し距離を空けて隣に座ると 「本音と建前、俺の個人的見解。3つありますが…どれが聞きたいですか」 「率直に、本音で頼む」 短く返って来た言葉にケールニヒは頷くと、薄暗い室内の天井を見上げながらこう答えた。 「本音を言うなら、妥当性はありませんでした」 「…っ」 ぐっと隣で歯を噛み締める気配がした。 だが望んだのは彼女だ。 ケールニヒは求められるまま、素直に自分が感じた率直な意見を口にする。 「離れて見ていて思いましたが、バダンデール卿の動きは精細を欠いていました。俺はバダンデール卿と国境で何度か肩を並べさせて頂いた事があるんですが」 かつて帝国との小競り合いに王名を受けて参戦した偉大なる騎士の姿を思い起こしながらケールニヒは静かに語る。 「その時と比べても明らかに動きが緩慢だと感じる程には不調そうでしたね。多分、あの方は先の戦いの傷が癒えていない。だから、安全策を取る事にした。少なくとも俺にはそう見えました」 「…やはりか…っ」 「あの状態ではどうしたってレディには勝てませんから。まあ、善戦はしていらっしゃいましたがね。正直、従霊を使っているレディ相手にあそこまで食らいつけるのはバダンデール卿くらいでしょう」 「…つまり、儂は勝ちを譲られた訳か」 「有り体に言えばそうですね。ただ…それでも可笑しな点はありました」 ケールニヒは思案げに言葉を選びながら呟いた。 「可笑しな点とな?」 「ええ、何て言うんですかね。勝ちの譲り方が余りに綺麗過ぎて」 「…耳が痛いのぅ」 「仕方ないでしょう?それに最初に言ったのはレディ、貴女だ」 「わかっとるわい」 渋々頷くと彼は更に続けた。 「バダンデール卿はそれ程の英雄です。だからこそ、あんなにも綺麗に剣を置くとは思いませんでした」 ケールニヒは剣を置く、と表現したが実際は弾き飛ばされたというのが正しい。 「剣を置く、か」 「ええ。レディもご存知かと思いますが、バダンデール卿は今でこそ正騎士ではありますが、元は戦場からの昇格騎士です。剣を弾き飛ばされたのなら次は別の手段を取る。…実際、鎧の下には投擲刀(ダガー)なども隠していたみたいですしね」 「なんと、気付かなんだ」 「でしょうね。ただ、これは戦場では割と当たり前の標準装備です。他にも鎧通しやスリングなんかを忍ばせている事もある。戦場では剣だけに頼る事はほぼありません。余程の名剣でなければ一本だけで戦うなんて無茶ですよ」 「そう、なのか?」 「当然でしょう、剣は使い続けると脂で曇りますから。脂避けをしていても切れ味はどんどん落ちていきます。その為、侍従がいれば予備の剣を何本か持たせますし、補給時に兵装も補給するんですよ」 そこまで話してケールニヒは話が逸れましたね、と軌道修正しつつ 「だから…戦場を経験した事のある者ならメイン武器が手から離れたくらいで戦いを投げ出す事はない筈なんです。投げ出さなくていい状況を、自ら対処出来るだけの状況に持っていけるのが本当の騎士ですから」 「ふむ…そう、か。しかし、ならば何故バダンデール卿はダガーを使わなんだ?やはり騎士の名誉からか?」 飛び道具は卑怯と取られるからか、と問われるとケールニヒは首を振った。 「あくまでも俺ならば、という話になりますが…単に使えない状況だったんじゃないか、と」 「使えない状況?」 「大前提として今回は御前試合です。騎士の名誉は正々堂々と、ではありますが…だからと言ってダガーくらい使っても問題にはなりませんよ。寧ろバダンデール卿の素の戦い方を見られると観衆は喜ぶ筈です。卿も魅せ方を知っているので絶対に卑怯には映らない」 「ううむ?」 「では何故使わなかったか?結論、使えなかったからだ。或いは、使う事を予め禁じられていた…そう考えるのが妥当です」 「ちょ、ちょっと待てケルン!」 ここでペルセフォネは顔を上げた。 「禁じられたじゃと!?一体誰に!?」 「公国に於いて騎士に命令できるのは尊き方々のみ。そして今回の主催者は…。俺の口から言えるのは、これくらいですかね」 「何故じゃ!」 ペルセフォネはケールニヒに向かって問い詰めた。 「何故そんな事を!バダンデール卿の名誉を傷付ける行為じゃ!それを…まさか公家の御方がーー」 「レディ!」 彼女が身を乗り出し口から思うままに言葉を吐き出すと、素早くケールニヒが止める。 鋭い視線を向けると周囲を確認し、口元に人差し指を立てた。 「迂闊な発言はいけませんよ」 「しかし…っ」 「誰が聞いているか分からない。それに、あくまで俺の考えに過ぎませんから」 静かにそう告げるケールニヒは再び俯いて悔しそうにするペルセフォネを見遣り、それからやれやれと肩を竦めた。 「本当に、レディは高潔というか、潔癖ですね」 「…悪いか」 少し拗ねて呟くと、彼は敢えて明るい口調になる様に努めて言った。 「良いじゃないですか、結果はどうあれ勝ちは勝ち。これで俺との約束は果たして貰えるでしょう?」 「ケルン」 「そう考えればいいんです。悪い事ばかり考えていても結果は変わらない。世の中、そんなもんですよ」 「…ああ、そうじゃな」 ケールニヒの言葉にペルセフォネは一言。 「世知辛いものじゃの」 ままならないものだ、と諦めつつもやっと小さく笑ったのだった。
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