『氷筍姫の後悔』①

7/10
前へ
/93ページ
次へ
 激昂したいろはの平手が、つららの脳天に思い切り叩きつけられた。 「うっさいうっさい! 言ってないったら言ってないんだからっ!」 「殴った! きさま今殴ったな!? こ、この英知あふれるわらわをっ!」  涙あふれる瞳で相手を睨みつけ、声をわななかせるつらら。 「ええなぐったわよ。えーちだかなんだかしらないけど、もっとやってほしいならいくらでも――きゃっ!?」 「ほっほっほ、頭がお留守な猪娘は、足元までお留守のようじゃのう!」  不意を突かれ足払いをかけられたいろはは、泥のついた頬をひくつかせる。 「やったわね、このっ、ばかつらら!」 「ぬ、きさま馬鹿と申したな、今、馬鹿と申したな!? この阿呆がー!!」 「ばかにばかって言ってなにがわるいのよ、ばーかばーか!」 「また言いおったこの阿呆ー、阿呆ーっ!!」  ついには取っ組み合いの喧嘩を始める二人。 「ね、ねえー、仲よくしようよぉー、ふたりとも……」  少年のか細い声は、彼女たちの罵り合う声にかき消されてしまう。  やがて、着物を泥まみれにした二人が力尽きるまで、その不毛な争いは続いた。 「――もうそろそろ、かえるわよ」  山間に沈む夕日。烏の声を背に、いろはが立ち上がる。 「えー、あとちょっとでできそうなのに……」     
/93ページ

最初のコメントを投稿しよう!

21人が本棚に入れています
本棚に追加