境界線

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 そのバーテンは、やせていて話し好きだった。まだ夕方といってもいいような早い時間で、カウンターには私ひとり、テーブルにもう一組の老夫婦がいるだけだった。つまり、彼の話し相手といえば、日も暮れていないのに退屈しのぎに一杯やりにきた私しかいなかった。私たちは、しばらく仕事や天候などのあたりさわりのない話をしていたが、やがて話の種がつきてしまい、少しの間だけ店は静かになった。  レスターヤングの古いレコードの曲が途切れると、バーテンは再び口を開いた。 「窓の外に旧いビルが見えるでしょう?」  私はカウンターのちょうど真横にある窓に目をやった。西日が建物を赤紫色に染めあげ、その背景はすでに暗くなっていた。 「バスケットボールの試合をテレビで見るたびに私はあのビルを思うんですよ」  バーテンは自分では窓の外を見もせずに言った。真ん中に旧いレンガ造りの背の低いビルがあり、それを取り囲むように新しいビルが高くそびえたっていた。 「まるで年とったコーチが、自分より頭一つ高い若い選手を集めて、何やら作戦を指示しているように見えませんか」  確かにその旧いビルは、背は低いがしっかりとした威厳があり、往年の名選手の貫禄十分であった。 「バスケットボールの選手がまるで巨人のように背が高くなったのは、ごく最近のことなのだそうですね。あの老コーチも、今では巨人に囲まれたちびすけですが、昔はあれでもずばぬけて背の高いビルだったのですよ」  バーテンは、はじめて窓の外を眺め、そんなに年でもないのに昔を懐かしむような顔をした。 「あの旧いビルが、どんなに背高のっぽだったかわかっていただける、ちょっとした話しがあるんですがね」  そして、彼はもう何十回も話してきたであろう、とっておきの話をはじめた。
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