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バーテンは石畳に叩き付けられた惨劇を見ようと、窓に駆け寄った。しかし、窓にたどり着く前にバーテンが耳にしたのは、今日一日飽きるほど聞いた女の泣き声だった。バーテンが窓から見下ろすと、彼女はエアーマットの上にできた水たまりで、ひっくりかえったまま足をばたつかせて泣き叫んでいた。バーテンは、子どもの頃つかまえたひきがえるを思い出した。
どこからともなく警官がやってきて、手際よく女を抱えて連れて行った。瞬く間にエアーマットが片付けられ、いつもの静かな夕暮れが広場を覆った。
その晩、バーは大繁盛だった。というのも、ほとんどの人がもう女は飛び下りないときめつけ、広場を立ち去っていたものだから、飛び下りの瞬間の数少ない目撃者であるバーテンの話を聞きに来たのだった。バーテンは、じたばたもがいていた彼女のみっともない様子を、得意げに語った。
その後しばらく、バーは例によってあわれな彼女と彼についての情報の交換場となった。警察にいわれのない責任を厳しく追及された気の弱い彼は、その後ずるずるとつきあいを続け、あえなく結婚してしまった。そして、ふたりは思い出深い例のビルの真ん中の部屋で暮らすようになった。
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