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「春道、これ夏木斗馬くんに渡してくれない?」
リビングで寝ころびながらテレビを見ていた俺に、姉の冬香が可愛らしいピンク色の紙袋を、理不尽な命令とともに俺の目の前に突き出していた。
「え?なんで?」
「三年生は自由登校で学校いかなくていいのよ」
「いやそれよりもなんで姉ちゃんが夏木斗馬を知ってるのかっていうかそもそも何を渡すのか……」
「明日、バレインタインデーで乙女が渡すものってあれしかないでしょ?ボランティア部なんだから頼まれなさい」
その言葉で俺はようやく明日がバレンタインデーなことに気付く。俺には関係ないものだと、すっかり忘れていた。
夏木斗馬は校内ではその端正な顔立とそれに似合う王子様然とした振舞で、ちょっとした有名人だった。同じ高校に通う二つ年上のイケメン好きの姉が夏木を知っていてもおかしくはない。
「いやボランティアはパシリではないというか」
「ごちゃごちゃいってないで私の言うことを大人しく聞きない。これを夏木斗馬くんに直接渡すこと。机とか靴箱にこっそりいれるとかダメよ」
姉は俺に紙袋を無理やり押し付けると、ため息をひとつついた。俺のほうがため息をつきたいと思ったがそれを口に出したら殴られる気がしたので押し黙る。
姉はそう言い残すと、二階に上がっていった。俺は途方にくれ、紙袋を握りしめる。
「どんな顔してあいつに会えばいいんだよ…」
夏木斗馬の顔が、俺の苦い記憶と共に浮かんで、消えてはくれなかった。
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