キューピッドはだれか?

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 中学三年生の夏、俺は満員電車内で痴漢にあった。最初は鞄が当たってるのかと思ったが明らかに意志をもって動くそれは、俺の尻を撫でていた。それに気付いた時、俺は助けを求めることも、その痴漢を捕まえることもできずただ硬直していた。俺がなにもしないとわかった痴漢は調子にのったのか、手をスラックスの中に入れてきた。あまりの気持ち悪さに俺は身を捻って逃げようとするが、満員電車のためうまく動けない。誰か誰か助けてくれ……心の中で助けを求めるが誰も俺の胸中に気付かない。痴漢が俺のパンツの中に手をいれようとしたとき、急に痴漢の手が離れた。ほっとしたのもつかの間、後ろから男の金切り声が耳を劈く。 「な、なんだお前!?」 「痴漢、してましたよね」  後ろを振り向くと、中年のサラリーマンの手首を、俺と同い年くらいの亜麻色の髪の少年が捻り上げていた。この少年が俺を助けてくれたのだ。 「な、なにか証拠があるのかね!!」  唾を飛ばし、顔を真っ赤に醜く歪めながら男が少年を怒鳴りつけていた。しかし少年は涼しい顔でその言葉を受け流している。満員電車の乗客が遠巻きに俺とその少年と痴漢を、ただ静観していた。 「この男の子に、痴漢してましたよね。僕見てました」  冷静に少年は告げると、俺に振り向いた。ここで俺がうんといえば、このサラリーマンは捕まるだろう。だが俺は頷くことができなかった。男の俺が、男に痴漢にあっていたというのを認めるのが恥ずかしかった。そしてなにより女子のようになにもできなかったというのが、今俺を助け痴漢と対等に渡り合っている少年に比べるとみっともなさすぎて、俺のちっぽけなプライトを傷つけていた。 「男が男に痴漢するもんなの?」  取り巻きの誰かが、ポツリと呟いた。その言葉をきっかけに、周りに不穏な空気が漂いだす。もしかして冤罪じゃないのか?誰もがそう思っているように感じる。けれども少年は、そんな空気も気にもせず「大丈夫だった?」と俺に声を掛ける。眉をひそめ、本当に俺を心配している顔だった。駅員のアナウンスが車内に流れ、もう少しで駅に着くことを告げる。俺は一刻も早くこの場所から逃げ出したくて、苦し紛れに言葉を放つ。
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