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「でも、専門家なら対処法を知ってるかもしれない。今からでも病院に行くのは意味があると思うよ」
「……病院に行ったら、絶対に駆除できる?」
「私には分からない。でも宮野さんは飲んでからある程度時間がたったのにどこも悪くなさそうだし、手術や薬で駆除できるかもね」
手術。
テレビで見たことがある。
メスで下腹部を切り、銀に光るピンセットをそこに差し入れる。
ずるりと引きずり出されたのは、半透明のソーメンのような寄生虫だった。
銀のトレイに乗せられたそれがうねうねと身もだえているのを見たとき、心底ゾッとしたのを覚えている。
あのテレビを見ていたときは、確かに他人事だったのだ。
それなのに。
「……ねえ若竹さん、もう一つだけ教えて」
「なに?」
「駆除したあとでも精神変化は治らないの?」
私は祈りながら彼女の目を見つめる。
「それも『分からない』としか言えない。トキソプラズマの実験結果自体がマウスのものだから、人間にも言えるかどうかがまず分からないし、ましてや寄生虫の種類も違うから」
「……そうだよね……」
必死の願いも打ち砕かれた。
だとしたら、私の選ぶ道はもう一つしか残されていない。
「ありがとう、若竹さん……」
「お礼言うのは駆除できてからだよ」
「ううん。……私、病院には行かない」
凛とした彼女の表情が揺らいだ。
猫のようなアーモンド形の目が、ぎょっとしたように見開かれる。
「だって元に戻るかもしれないんでしょ? あのときの私に。マスクつけてないと安心もできない、他人ばっか気にしてるようなコミュ障に」
今なら分かる。
あのときの私は死んでいたのだ。
無視されたり暴力を受けたりしていたわけではない。
けれど泥水に鼻の上まで浸かったような、地味で陰鬱な苦しみがあった。
自分を殺し偽っていた日々を、私はどうして「生きていた」などと思うことができるだろう。
「私ね、今すごく幸せなの。生きてるのが楽しいの」
もし病院で治療をして元の私に戻ってしまったら。
再度サプリの力に頼ろうにも、私のような普通の学生があと十万など用意できない。
たとえ用意できたとしても、また村重さんに売ってもらえるとは限らない。
……だったら、いっそ。
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