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男性が電子書類にサインをしたところで契約は完了した。 無事にクラウドサービスの新規顧客も獲得でき、販売員としてのキシモトはふっと肩の荷が下りた思いだった。 キシモトは一応、念押しとばかりに 「本当に元のカラダのままで、スペックは変更されなくて大丈夫ですか」 と確認をする。男性の人型人工端末の購入履歴を見るに、どうやら初めて買った時から今まで同じ見た目や個性のまま、カラダを変えることなく乗り換えをしてきたらしかった。確認とは言いつつも、キシモトの個人的な興味関心による質問も含意したものではあった。 すると、男性はその意図を察したようで、あぁ、なかなかそういう人いないから珍しいですよね、なんて零しながらその理由を話してくれた。 「実は、iBodyみたいな端末ができる以前に妻を亡くしましてね。その当時はこんな技術がこんなにも早く実現するとは思っていなくて……妻を荼毘に付してしまったんです。なので、妻の脳は残っていません。もちろん脳のデータもありません」 要するに、妻をiBodyに乗り換えさせられなかったんです。 と、口元をわずかに歪めながらもなお、男性は淡々と語る。 クラウドサービスを利用することにしたのも、妻のことを知っている、愛している自分の記憶データがもし万一破損した場合のことを考えてのことだった。自分の記憶が無くなってしまったら、妻との幸せだった時間も消えてしまう気がする。そんなリスクを少しでも減らしたかったのだという。iBodyの乗り換えも、乗り換え時の記憶データ破損のリスクを最小限に抑えるために、必要最低限の回数に留めていたらしい。そのために男性はなるべく長い期間、同じカラダを使うよう努力をしていたのだった。 静かに聞いているキシモトに向けて、男性は持論を続ける。 「だけど、もしかしたら遠くない未来では死んでしまった人のデータも復元できるかもしれないじゃないですか。例えば骨に含まれているDNAとかその人のことを知っている人たちの記憶とか、その人が持ってたスマホのデータなんかを使ったりしてね。……だから僕は自分のカラダは本来の自分の身体になるべく近いものにしているんです。もし仮に妻を蘇らせることができた時に、彼女が僕のことを僕だってわからないといけませんから」
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