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この話を聞いたキシモトはどんな受け答えをすればいいのか、皆目見当もつかなかった。販売員として相応しい表情の動かし方から何から全てをそのカラダにダウンロードしているにも関わらず、口をわずかに開け、瞬きもしないまま男性を見やる他なかった。 というのも、身体からカラダへの乗り換えが可能となった時代に生きていたがために、彼女は”周りの人が死ぬ”という経験を生まれてこのかたしたことがなかった。キシモトの周囲で死んだ人間など一人もいない。もし何かしらの事故やら災害やらに遭ったとしても、みんな数ヶ月も経てば脳のデータを修復して新たなカラダで「久しぶり」なんて挨拶を交わしながら会うことができていた。 つまり、キシモトは「男性の妻が死んだ」というエピソードを具体的なイメージを持って想像することができなかったのである。彼女が生まれてからの人類は一種の不老不死を手にしたに等しい状況にあったことを考えると、それも当然なのかもしれないが。 そのためキシモトは、否、人類はこういう時どういう表情をしたらいいのか、プログラミングの段階から想定なんてしていない。 ”死”という概念そのものが、この時代の人類にとっては新しすぎたのだった。
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