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「ありがとう」
引っ張ってくれたアヤに満面の笑みで礼を言うと、アヤは何か気に障ったかのようにぷいと顔を背けた。耳の辺りが赤く見えるのは、夕陽に照らされているからだろうか。
「ん? どしたん?」
「……手、」
アヤが言い終わらないうちに、リョウはアヤの手を握った。もう気にしすぎるのはやめよう。旅の恥はかき捨て、ではないが、恋人の日に恋人と恋人しないでそどうするんだ、リョウはそう思い直したのだった。
手を繋いだまま、どちらも言葉を発することなく、紡がれる愛の唄に身を委ねた。もちろん歌詞の意味はわからないが、旋律だけでも優しさが伝わってきたし、甘い雰囲気を演出するには充分だった。次第にオレンジ色だった空は紫がかり、やがて紅碧色と若紫色とのグラデーションを描いた。
「綺麗やなあ」
「そうだね」
「グアムの時と、全然違うな」
「……そうだね」
交際一年目ぐらいの冬、一緒にサーフィンをやるために行ったグアム旅行。リョウが全部スケジューリングして、アヤがついて回る、という形式は変わらないものの、あの時はアヤはもっと尖っていたし、リョウはもっとわがままだった。プロポーズをしようと心に決めていたら、先を越されてしまったっけ。リョは思い出して可笑しくなる。
「何笑ってるの」
「思いだしててん」
思えば、もう四年。長かったような、あっという間だったような。たくさん、思い出が出来た。
瞬間、空一面がぱあっと明るくなった。大きな打ち上げ花火が上がったのだ。
「でかっ!」
そういうリョウの声もたいがい大きくて、アヤは笑ってしまう。きらきらと大きなリョウの瞳に、花火が映っている。今まで何度も、この顔を見たことがあるけれど、きっと今が一番幸せな顔だ、そうであるといい、とアヤは思う。
ばちっ。
「わっ?!」
体を叩くように落ちてきたのは、大粒の水滴。驚いているうちに、どんどん次々と雫が落ちてきた。
「これがもしかして、スコールってっやつ?」
すぐにざああという音と共に雨は地面を強くたたきつけ、視界は真っ白になり、瞬く間に全身ずぶ濡れとなってしまった。
「このままホテル戻ろっか」
「うん」
ホテルまでは歩いて五分ほど。二人は濡れるに任せて小走りでホテルに向かった。
「ひゃああ! えらい目に遭うたなあ」
すっかりぼとぼとになってしまったリョウの髪から、絶え間なく雫が垂れる。
「これはこのまま風呂直行やな」
ずかずかとバスルームに向かうリョウ、の後をアヤもついていく。
「……? 一緒、に?」
「うん」
もちろんアヤだって全身ずぶ濡れ、かけていた眼鏡だって雨粒まみれで全く機能を果たさず、無用の長物と化している。
「せ、やんな、こんなんなままで待ってたらそれこそ風邪引くもんな……」
バスルームの前で、二人とも躊躇なく服を脱ぎ捨てる。たっぷりと水分を吸ったそれらはずっしりと重く、一枚、また一枚と脱ぐたびに体が軽くなっていくのを感じた。
あっという間に全裸となった二人は、互いの姿を見て笑った。
「なんかこんなんも平気になってもたなあ」
「俺は最初から平気だったけど」
四年の遠距離交際を経て共に暮らしだして、一年が過ぎた。ムードもへったくれもなく相手の前ですっぽんぽんになっていることが、少し残念なような気もするし、今まで築き上げてきた絆を感じたりもするリョウである。
びしょ濡れのままホテルのフロントを抜け、エレベーターに乗り、廊下を歩いてここに辿り着くまでに、またも空調ですっかり体は冷え切ってしまった。シャワーの温度を高めにして、二人いっぺんに打たれる。
「はぁ~生き返るなあ!」
リョウは心底喜びながら、犬が水浴びするような豪快さでシャワーを浴びている。次いで、横にいるアヤにも熱い湯をかけた。たまたま触れたアヤの肌は、リョウのそれよりもずっと冷たい。本当に変温動物だな、とリョウはクスクス笑いながら、湯をかけているアヤの肌を優しく撫でるように擦った。
「暑なったり寒なったり、今日は大変やったな。風邪引かんかったらええねんけど」
そう労いながら、まだ冷たいアヤの濡れた肩にキスをした。お返しとばかりに、即座にアヤがリョウの首筋に吸い付く。二人とも瞬時に火が点いてしまったようだ。
「アヤ、アヤ」
「ん……」
シャワーの湯が出続けているのもお構いなしに、二人は激しく抱き合った。互いに相手のあちらこちらに唇を這わせ、吐息を漏らす。
「アヤ、挿れていい?」
「……うん」
少し不本意さを含むその小さな声を聴くや、リョウはボディソープを手に取ってアヤの全身を撫で回した。特に胸の辺りを、執拗なまでに念入りに。ぬるぬるにしておいた上で、乳首周辺を掌全体で上下させると、それだけでアヤはもう腰を反らせて、あられもない声が浴室によく響いた。
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