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甘い物は嫌い、日常使う物はもう揃っている、食にもファッションにも興味なし、……
「はあああ……」
リョウは昼休みもプレゼント探しに余念がない。スマホを睨んでいたかと思えば途端に頭を抱えて嘆きのため息を漏らした。
「どうしたんですか」
隣のデスクの社員が見かねて声を掛けた。
「あ、いや、ちょっとプレゼント選びが難航しとって……」
「どなたの?」
「伴侶の」
「じゃあだいたいもう贈りたい物は贈っちゃってる感じですね」
「そうそう! せやねん!」
わかってるやん、とばかりに食い気味でリョウが答える。
「なら、趣味で使う物とかどうですか?」
「趣味…………」
リョウは考え込んだ。アヤの趣味?
「伴侶さんの趣味って何ですか?」
「……」
「まさか、知らな」
「ちゃ、ちゃうて! 無趣味な人やの!」
リョウは急いで考える。アヤが休みの日に一人で出かけている様子はない。アヤは何をしているときが楽しそうだろうか?
「趣味?」
ここは思い切って本人に訊くのが一番だ。リョウはそう結論づけ、夕飯時に尋ねてみる。
「ないよ別に」
まあ予想してた答えやわ、とリョウが心の中だけで答える。
「そうなん? なんかないん? これやってる時だけは時間経つのも忘れるなあ、とか、これならずーっとしてたいなあって思うこととか」
「んー……」
せかせかと丸飲みのごとく、半分以上食べていたアヤの箸が止まる。おかげでまだ食べかけに近かったリョウの食べるスピードが追いつく。
「……ほんとに、ないんだよ」
「えええ……映画とか本とかは?」
「リョウが観るんなら観るけど、って感じ。本は読まない」
「スポーツは?」
「疲れる」
「サーフィンぐらいか」
「そうだね」
アヤとリョウの数少ない共通の趣味である。だからといってサーフ用品を贈る気にはならないなとリョウは思っている。かさばるし、そうしょっちゅう行けるものでもない。
詰んだ。
ケーキと豪華な料理とワインか何かで乾杯、でいいのでは? と出来ないのが辛い。主役にわざわざ嫌いな物を食べさせるわけにもいかず。
「お、お酒とか……?」
「ん……別にいいけど」
「その『いい』は、どっちの?」
「プレゼント、別にいらないって言ってるんだから、もうそんなに悩まなくていいだろ」
「でも」
「いつもどおり静かに過ごしたいよ」
「でも」
「もともとそういうの好きじゃないし。バレンタインスルーされたのも正直ほっとしてる」
「…………そっか」
心地よいぬるま湯のような日々の中で、リョウはすっかり忘れていた。イベントごとは面倒で嫌い、生まれてきたくなんてなかったとつい数年前まで思っていた、アヤとはそういう男であることを。
「ごめんな、祝いたい気持ち押しつけて」
「いや、……」
二人はそれきり黙り込んでしまった。
***
「趣味、ないって言われた……」
翌日。またも昼休み、頭を抱えるリョウ。昨日相談に乗ってくれた隣人に、今日は最初から頼る気だ。
「趣味がない、って」
隣人も驚きを隠せない様子。
「椚田さんから見てどうなんですか? 伴侶さんが一番楽しそうなときとか、幸せそうなときって、どんなときですかねえ」
それはもう昨日考えたけれど、とリョウは言いかけてやめて、もう一度よく考えてみた。アヤが楽しそうな時、幸せそうな時……?
「それが難しければ、夢中になってるときとか生き生きしてるときとか? 椚田さんから見て伴侶さんが一番輝いてるときって、どんなことしてるときですか?」
なんとなく、導き出したくなくて見ない振りをしていた答えが、輪郭を露わにし始めてきた。
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