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そして、今がある
今年もリョウの誕生日が近づいてきた。もう何度、一緒に迎えただろうか。
「今年は何が欲しい?」
ソファでリョウのうなじのじょりじょりを撫でながらながら、アヤが尋ねた。もう、あれやこれやと一人で気を揉むのはやめたのだ。サプライズ狙いで喜ばれないプレゼントを贈ってしまうのは無駄なだけだし、正直なところ、思い悩むのが面倒だ。一緒に暮らすようになり、ここまで親しい仲になったからこそ、ここはもう堂々と訊いてみればいいと思ったのだ。
「ん~、欲しいモンは別にないかなあ……」
リョウが天を仰ぎながら答える。この答えこそ、アヤが困るのだ。お任せにされても困るし、もっと困るのは――
「でも、したいことはある! アヤといっしょに、したいこと!」
――やってしまった。
アヤは尋ねたことを後悔した。またやってしまった、同じ過ちを。
リョウの「したいこと」はだいたいいつもかなり面倒なことが多い。プレゼントをぽんと渡して終わり、の方がよっぽど楽なのである。
キラキラと瞳を輝かせて振り返るリョウを、無の表情でただ見つめるアヤだった。
波の音。
そんなもの毎日聞いているのに、ここの波音だけは特別なものに感じる。
彼らが今いるのは、二人が初めて出会った場所。もうずっと昔のような、まるで昨日のことのような。二人ともが、そんな心持ちでそこに立っていた。
「なんか来てみたくなってん。セルフ聖地巡礼的な?」
「ふうん」
興味なさげな声色で答えたアヤの目は海の向こうを見据えているが、そのわかりづらい表情は僅かながら感慨に耽っているようであった。
ふたりが出会った、アヤが初めて職に就いた勤務場所でもあるリゾートホテルは、アヤがいた頃と変わりなくそこにあった。まるでふるさとに帰ってきたような気分だ。そういった感傷的な心は持ち合わせていないと思っていたので、アヤは自分のことながら少し意外だった。
「ここで出会って、いっぱい世話焼いてもろて、……」
「今思うと、ほんとチョロすぎるだろ」
やや顔を赤らめ俯いたリョウに、追い打ちを掛けるようにアヤが言った。
「しゃ、しゃあないやろ、あん時はタイミングが……!」
そう、リョウがこのホテルを訪れたのは、家族旅行という名目ではあったけれど、恋人に振られた直後の傷心旅行でもあったのだ。その時宿泊したホテルの副支配人であったアヤに、仕事上優しくされてうっかり好きになってしまった、という顛末。リョウ自身、今になって思い返せば有り得ないなあ、と思う。けれどあのタイミングで出会ったということこそが縁であり、少しでも出会うタイミングがずれていたらこうはなっていなかったのだろうと思うと、やはりあの出会いは運命なのだ、と思っている。
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