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「な、そろそろ行こ。もうチェックインできるで」
「うん」
ホテルの建物に入ると、アヤがいた頃と様子が変わっていた。内装がところどころリニューアルされている。ここを離れてもう二年経つもんな、と古巣が変わっていく様子に一抹の寂しさを覚えるアヤだった。
「佐倉。待ってたよ」
「ご無沙汰しております」
フロントからの知らせを受けて飛んできたのは、ここのホテルの創業者であり現在会長を務める柘植である。十九からここに勤めたアヤの、育ての親のような存在でもある。
「こんにちは! お久しぶりです」
「ふたりとも元気そうでなにより」
リョウもぺこりと頭を下げると、柘植は仲睦まじそうなふたりの様子に目を細めた。
「今日はお客様としてゆっくりくつろいでいくといいよ。一番いい部屋を用意しておいたから。あ、スタッフの至らない点はビシビシ言ってやってね」
柘植が不敵に笑うと、アヤとリョウも顔を見合わせて笑った。
「ふくしは、いや、佐倉……さん」
遠慮がちに声を掛けてきたのは、勤めていた時目を掛けていたアルバイトスタッフの小林だ。
「久しぶり。まだいたんだ」
「ちょ、言い方」
リョウが横で慌てるが、小林は笑っていた。
「実は僕、ここに就職したんです。今は正社員ですよ」
「そうなんだ?」
アヤは細く鋭い瞳を少しだけ見開かせた。ここの業種自体全く興味などなく、ただ単に家から近いから選んだだけだと言っていたあの小林が?と。
「僕、副支配人目指してるんですよ」
「せやんな~、佐倉副支配人見てて僕もこうなりたい! て思たんやろ~! わかるわかる!! お仕事モードのアヤめっちゃカッコええもんな~」
横からリョウが満面の笑みを浮かべながら、肘で脇腹をつついてきた。
「痛いな、もう」
不快丸出しにリョウを睨み付けると、リョウは口では「おーこわ」なんて言いながらも舌を出して笑っている。
「……お幸せそうで何よりです」
あらためて、ひとつひとつの言葉を噛みしめるように、真っ正面から小林は告げた。
「お仕事モードの、僕がよく知っていた副支配人も憧れでしたけど、今の佐倉さん、あの頃よりずっと、なんていうか、輝いてるっていうか」
「生きてる感じするやろ」
「それです!」
リョウの指摘に小林が同意、ふたりは大笑いしていて、
「それまで死んでたってことかよ」
という仏頂面アヤの突っ込みは、ふたりの耳には届かなかった。
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