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「ふぃ~~~腹いっぱい」
ホールケーキをすっかり食べきり――もちろんリョウがほとんどを――、いい感じにシャンパンも回ってきたのか、リョウはベッドにダイブした。
「くつちたぬがちてー」
足をジタバタさせるリョウを見て、アヤは呆れ顔。
「相変わらずの酒癖だな」
やれやれとアヤがリョウの足もとへ座り、片足を持ち上げて靴下を脱がせてやる。解放された足指が気持ち良さそうにぱっと開いた。
「……ふふっ、思い出すわ」
「うん」
どうやらふたり同時に、同じことを思い出していたようだ。
「こないして傷、手当してもろたな。あん時実は、ちょっとドキドキしててん」
「俺も、この指咥え込んでやったら、どんな顔するのかなって考えてたな」
「その頃から変態健在やん。お客さんにでも容赦ないな!」
「誰かれかまわずそんなこと考えるかよ、一日何人相手してると思ってんの」
靴下を脱がす任務を終えたアヤは、リョウの隣に寝転んだ。
「それって、俺は特別やった、ってこと?」
「……まあね」
「へへっ」
リョウは柔らかい笑みを浮かべると、そのままアヤに口づけた。アヤもお返しするように優しく啄み、指でリョウの髪を梳いた。
「これは、そういう流れかな?」
「仰せのままに」
リョウが含みを持った問いかけをすると、アヤは目を伏せて軽くお辞儀をするように首を傾ける。
「んー……今日は、そういうの、ええかな」
「そう」
「なんか、ふわふわしながら思い出に浸ってたいかなって。今となっては毎日いつでもできるし、こんなとこへ来てまでせんでも、って気もして。かまへん?」
「もちろん」
「な、バルコニー出てみよ」
テラスに出てみると、正面だけでなく三方を望むことができた。海と山と空しかない景色は、濃紺から一面漆黒に色を変えていた。――ある一点を除いて。
「また月が綺麗やで。ちょっとだけ欠けてるけど」
中秋の名月から遅れること数日、それでも肉眼で見ればほぼ円に近い大きな月が、水面を照らしていた。
「あの日もこんな月やったなあ」
「いっぱいあってどの日のことかわからないよ」
ふたりの大切な記念となる日には、いつも満月が出ていた。
「付き合うことになった日」
「ああ」
「俺……ずっとアヤに謝りたかってん」
「何を?」
「あん時、俺最初にアヤの名前聞いて爆笑したやん。めっちゃ失礼やったよなって。ごめんな」
なんとも思わなかった、といえば嘘になる。しかしもうあの時の時点ですでに、名前のことを馬鹿にされるのには慣れていた。
「別にもういいよ。それに、今はリョウのおかげでこの名前のこともそれほど嫌じゃなくなったし」
「うん……」
その後ふたりは何も話さず、ただ月を見上げながら、或いは目を閉じたまま、しばらくの間ただ波の音に耳を傾けていた。
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