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「アヤ、アヤ! 起きて! ご飯行こ!」
翌朝、そんな声にアヤは起こされる。朝食は七時で予約しているはず。時計を見れば六時半。
「まだ早いんじゃないの」
「ご飯食べたら行きたいとこあるから、先身支度済ませてから行こ!」
昨夜言っておいてくれよ、とアヤは思いながらもしぶしぶ起き上がり、シャワーを浴び髪を整え私服に着替えた。
朝食はレストランでのビュッフェスタイル。起き抜け連れてこられたアヤは元から朝に食欲がないため本の少しだけ、リョウは和洋それぞれバランスなど考えず好きなものを好きなだけ取っては平らげた。そして早々に部屋に戻ろうというのだ。
「どうしたの、そんなに急いで」
いつもなら、ビュッフェだと時間いっぱいまでだらだらと飲み食いを続けるのがリョウなのに。アヤは訝しんだ。
「ちょっとこの後、予定詰まってんねん」
「予定?」
最後にコーヒーをぐびっと飲み干すと、慌ただしく立ち上がり出口へと急ぐ。アヤも続いた。
部屋に戻ると入念に髪をセットされた。さっさとチェックアウトを済ませて向かった先は――
「よろしくお願いします!」
昨日も訪れた、ホテル裏の砂浜である。リョウが声を掛けた相手は大きなカメラを片手に微笑みながら会釈している。
「……何これ」
「写真撮ってもらおと思って」
「へえ。どうぞごゆっくり」
「一緒にやて」
「なんでそういうこと、いっつも事前に言わないの」
「言うたらアヤ嫌がるやんか!」
ご名答。アヤは写真を撮られるのが嫌いだ。それでも最近は、かなり我慢、いや譲歩してリョウの要望に応えてきたつもりだが。
「これが俺の、ほんまに欲しかったプレゼントやねん。ごめんやけどちょっとの間、付き合って?」
「……ちょっとだけだからな」
ただでさえ写真を撮られるのが嫌だというのに、カメラマンに撮影される、しかも外で。アヤにとって苦行以外の何物でもなかった。そのうち柘植まで現れる始末で、アヤは内心けっこう真面目に逃げ出したい気持ちであった。
パンツの裾をたくし上げて足首まで海に入るよう指示されるわ、手を繋げだのもっと顎を引いてだの見つめ合って微笑んでだの、無茶ブリを連発され、もう許してくれと拝み倒そうかとアヤが真剣に考え出した頃、撮影が終わった。
「いやあお疲れお疲れ! 楽しかったわぁ~またしよな!」
「絶対嫌。次不意打ちしたって絶対撮らない」
ふたりの温度差がひどい。遠巻きに柘植がそれを見て笑っている。柘植も数枚、一緒に写ったのだった。
「柘植さんもありがとうございました!」
リョウが満面の笑みで頭を下げると、柘植も負けじと晴れやかな笑顔を返した。
「こちらこそ、貴重な機会を作ってくれてありがとう。こいつと撮った写真なんか一枚もないから。……一枚ぐらい、欲しいからね」
「ですよねえ」
返事は柘植へ向けながらも、リョウの目線はアヤへと向いていた。まるで「ほらな?」とでも言いたそうな、得意げな視線だった。
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