そして、今がある

7/8
前へ
/71ページ
次へ
 柘植とカメラマンに別れを惜しみつつ、ふたりは駅へ向かうタクシーに。あっという間に帰路である。だがアヤはタクシーに乗り込むと、駅直行ではなく遠回りのルートを伝えた。そしてある地点で、少しだけ停車してくれるよう運転手に頼んだ。 「ここ……」 「うん」  そこに建っているのはかつてアヤが住んでいた、ふたりがいつも会っていた、マンションだった。 「懐かしいなあ。いっぱい思い出あるもんな」 「……」  アヤとリョウが遠距離交際をしていた四年間、会うといったらだいたいこのアヤの部屋でだった。理由は簡単、アヤが出不精だからである。しかしアヤにとっては四年どころの騒ぎではなく、ホテルで働き始めた時からの住まいであった。 「よくこんなところまで毎回通ってたな」 「そこはほら、愛の力あればこそやんか!」  停まってもらっていたタクシーに再び乗り込み、今度こそ駅へ。  在来線から新幹線に乗り継いだ。リョウがデートの際、毎回使っていた新幹線である。あの頃はいつも、行きも帰りも一人で乗っていた。 「この頃旅行した時、この帰り際が一番幸せ噛みしめる時やねん」 「そうなの」 「前はどっか出かけても、帰りはいちいち離ればなれなっとったやろ。別れ際が寂しくて悲しくてしゃあなかったけど、今は一緒に帰れるんやなって、旅行が終わっても一緒におれるんやなって。それがすっごい嬉しい」 「うん……そうだね」  アヤの体の左側には、リョウの体の右側がぴったりとくっついている。離れる必要など最初からない、ふたつでひとつのもののように。 【おわり】 次ページ、イラストあり
/71ページ

最初のコメントを投稿しよう!

222人が本棚に入れています
本棚に追加