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柘植とカメラマンに別れを惜しみつつ、ふたりは駅へ向かうタクシーに。あっという間に帰路である。だがアヤはタクシーに乗り込むと、駅直行ではなく遠回りのルートを伝えた。そしてある地点で、少しだけ停車してくれるよう運転手に頼んだ。
「ここ……」
「うん」
そこに建っているのはかつてアヤが住んでいた、ふたりがいつも会っていた、マンションだった。
「懐かしいなあ。いっぱい思い出あるもんな」
「……」
アヤとリョウが遠距離交際をしていた四年間、会うといったらだいたいこのアヤの部屋でだった。理由は簡単、アヤが出不精だからである。しかしアヤにとっては四年どころの騒ぎではなく、ホテルで働き始めた時からの住まいであった。
「よくこんなところまで毎回通ってたな」
「そこはほら、愛の力あればこそやんか!」
停まってもらっていたタクシーに再び乗り込み、今度こそ駅へ。
在来線から新幹線に乗り継いだ。リョウがデートの際、毎回使っていた新幹線である。あの頃はいつも、行きも帰りも一人で乗っていた。
「この頃旅行した時、この帰り際が一番幸せ噛みしめる時やねん」
「そうなの」
「前はどっか出かけても、帰りはいちいち離ればなれなっとったやろ。別れ際が寂しくて悲しくてしゃあなかったけど、今は一緒に帰れるんやなって、旅行が終わっても一緒におれるんやなって。それがすっごい嬉しい」
「うん……そうだね」
アヤの体の左側には、リョウの体の右側がぴったりとくっついている。離れる必要など最初からない、ふたつでひとつのもののように。
【おわり】
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