アントラクト♯1

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 仙華楼の裏手にある小さなコテージ。そこが翼と翔が暮らす家だった。  翔の朝は早い。夜明け前に目覚めると、枕元に置いてある本を机の引出しにしまう。その本は、翔が小さい頃から御守りがわりに肌身離さず持っているものだ。  翼はいつも寝起きが悪く、お昼前にベッドから出てくることは稀だ。彼女が起きる前に翔は日課をこなす。  まず着替えを済ますと、籠を手に、すぐ向かいにある建物へ向かう。  翔たちは〈メグルちゃんの家〉と呼んでいる。  一見すると煉瓦造りのように見える。しかし、本当の外壁は分厚いコンクリート製で、煉瓦は表面をコーティングしているにすぎない。  正面の扉は、翔の手の三倍ほどもある錠前で閉じられている。それをお箸大の鍵で解錠する。  建物は地下一階、地上二階の構造になっている。まずは地下に通じるドアを開ける。現れるのは、地底へと伸びる薄暗い階段。そこを翔は降りて行く。  階段の途中には三つのドアが設けられている。いずれも頑丈な鉄製で、金庫のようなダイヤル式の鍵がついている。  その先にあるのが〈メグルちゃんの部屋〉だ。  ドアは壁に塗り込まれていて、人が出入りすることはできない。ドアの痕跡横に小窓がついていて、翔はそこを開ける。 「メグルちゃん、おはよう」  声をかけるが、返答はない。微かに何かの気配らしきものがするだけだ。 「もらって行くね」  翔は声をかけ、小窓から手を差し込む。そして内側の壁に貼り付いている〈メグルちゃんの卵〉を、ひとつ、ふたつ、と手探りで剥がして取り出す。卵ひとつは拳大程の大きさで、毎日十個程度とれる。
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