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松宮の声は、目の前の森に跳ね返されて、二人の間に木霊したように感じられた。
河井の視線はしばらく周囲をさ迷い、再び松宮の方へ向くことはなかった。
「お前は帰れ」
突き放したような言葉を吐くと、河井はトランクから勢いよく大友の死体を引っ張り出した。ブルーシートにくるまれたそれは、鈍い音をたてて地面に落ちた。
「帰れるわけ、ないでしょ」
松宮は死体を挟んで河井と向かいあった。
「どうするつもりなんですか?」
「帰れ。今日のことは報告するな」
河井は視線を死体に落としたままだった。
「どうしちゃったんですか、先輩?」
何も答える気がないといった様子で、河井は懐から携帯電話を取り出した。
反射的に松宮は河井の手をはたいていた。河井の手の中から弾き出された携帯が、数メートル横の雪の中へ落ちていった。
「まだ間に合う。たが、お前は関わらなくていい」
「もう手遅れですよ。河井さんがそいつを連れて消えたら、俺も共犯ですから」
松宮の言葉には河井を非難する響きがあった。
「間に合う、と言ったのは、そういう意味じゃない」
河井は静かに答えた。表情はさっきより幾分落ち着いていた。
「俺は消えたりしない。こいつも必ず連れて帰るつもりだ」
「言ってることが、分かりません。全然分かりません」
どうするつもりなんですか?
なぜか、言葉はもう出て来なかった。
少しの沈黙の後で、河井は口を開いた。
「殺し屋、っているだろ?」
「いたら困りますよ」
「人を殺す商売を殺し屋っていうなら、死んだ奴を生き返らせる商売は、何ていうんだろうな」
は?「何の話してんですか」ふざけるなよ。
「信じ難いが、いるんだよ」
「何が?」
河井は携帯の落ちた方へ歩き出した。そして携帯を拾い上げると
「黄泉返らせ屋、かな?」松宮に向かって尋ねるでもない様子で言い、ゆっくりと携帯を耳に持っていった。
「今から呼ぶ」
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