第五章 恍惚と不安

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 陸くんに連れられ、二階にある陸くんの部屋に通された。  ベッドと勉強机、造りつけの本棚と箪笥だけの簡素な部屋だった。飾りといえるのは、 壁に貼られた白カラスの写真くらいだ。男の子の部屋って、みんなこんななのかな。 「ソファーなんて気の利いたものないから適当に座って」  促されるままに、カーペットの床に腰を落とす。 「まずは涙を拭いて」  陸くんが、真新しいハンカチを渡して寄越した。  思いがけず、優しくされたので、また涙が溢れる。 「母さんから、何か聞いた?」 「陸くんが、記憶喪失なんだって。ごめんなさい。私、その事、気がつかなくて……」 「ああ、そのこと。それは……、その……。もう良いんだ」 「?」 「実は、記憶は戻ってる。この前の事故がきっかけでね」 「そうなの?」  これはまた意外な事を言われた。驚きのあまり、陸くんの顔を見入ってしまう。 「でも、まだ両親には話してないんだ。あんまり思い出したくない記憶だったからね」  可哀相な陸くん。思い出したら思い出したで、心の負担になってしまう過去だったのに 違いない。   「ところで、天野さんの用件って、僕にソラシドレスキューに戻って欲しい。そういう事 でしょ」  そうだ。私は、その用件で陸くんの元にやって来たんだ。  でも、記憶喪失になる程の暗い過去を、陸くんが背負っている事実を知った。  そんな陸くんに、ソラシドレスキューへの復帰を願うのは、良い事なのだろうか。悪い 事なのだろうか。  彼に、犠牲を強いる事になりはしないだろうか。  その一方で、陸くんが居ないとソラシドレスキューは成り立たない。陸くん無しでは、 超能力が発動しないのだから。  私は、どうすれば良いのだろう。何を言えば良いのだろう。  進退窮まって、私は陸くんの前で、物言わぬ人形になっていた。
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