第五章 恍惚と不安

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 陸くんは記憶喪失だった。  精神的なものが原因で、友達の記憶が欠落している。イジメが原因かもしれない。  私は、全くその事を気づかなかった。気づいて……あげられなかった。  超能力を人の役に立てたい。そう、望みながら、私は陸くんに目を向けていなかった。  自分の都合だけを考え、陸くんを思いやることが出来なかった。  私は、陸くんに、どんな言葉をかければ良いのだろう?  ガラガラガラ。  玄関の戸が勢いよく開いた。 「ただいま。天野さん、来てる?」  ドタドタと小走りする音が聞こえ、応接室のドアが開いた。 「天野さん!」  ゼイゼイと肩で息をする陸くんが飛び込んでくる。 「陸くん」私は立ち上がって陸くんと対峙する。 「陸くん。あの……」と言って、私は固まった。  私達の仲間に戻って……。  そう伝えるために来たのに、次の言葉が出ない。  記憶喪失が原因で人付き合いの苦手な陸くんにとって、ソラシドレスキューの活動は、 苦痛を感じる物なのかも知れない。  人を救いたい、という私の思いに、陸くんを巻き込んでいる。  それが、陸くんにとって、どういう意味なのかを考えていなかった。  人を救いたいと望みながら、目の前の陸くんを、救ってはいなかった。  後悔と悲しみが、胸の奥から湧きだしてくる。  気がつくと、私の頬は涙で濡れていた。 「えっ? えっ? えっ? どうしたの急に?」と陸くんが驚く。 「天野さん。大丈夫?」陸くんのお母さんが立ち上がって私の背中をさする。  私は急いで涙を拭い「すいません。大丈夫です」と答える。 「天野さん。あとは二階で話そう」 「陸。天野さん、このままで大丈夫なの」 「大丈夫だよ。母さん。これから大事な話しがあるんだ。悪いんだけど、暫く二人きりに して貰えるかな」 「それは良いけど」 「じゃあ、天野さん。二階で話そう」
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