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マスターはお見通し
恋人たちにとって大切な日はいくつかあるだろう。クリスマス、お互いの誕生日、付き合った記念日、そしてバレンタイン。
そんなバレンタインの夜に恋人とでなくバーのマスターと二人っきり。つい先程までは彼女と幸せな時間を過ごすはずだったのだ。
それを壊したのは俺自身。
「今思えば取り繕いようはあったと思うんですよ、でもね、あの時声が出せなかった。」
カウンターを挟んで向こうのマスターはワイングラスを拭きながらこちらへ相槌を返してくれる。ちょびひげがダンディに似合うスマートなマスターの他にこの店には誰もいない、運が良かったのだろう。いや、その運は数時間前に発揮して欲しかった。
「マスター新しいの作って貰えます?あと、少し聞いてもらっていいですか?」
他になんかやることあったらぶち切ってもらって大丈夫なんで。
空になったグラスをマスターへと滑らせながら力なく口角を上げ、対面の彼を窺うと、グラスを受け取りその後、『どうぞ』とでも言うように手のひらで示される。
くだくだと面倒臭い客だろうと自覚しながらも後悔を口走る。
酒がうまいのとマスターの優しさが沈みきった心に染み入った。
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