マスターはお見通し

1/10
前へ
/10ページ
次へ

マスターはお見通し

恋人たちにとって大切な日はいくつかあるだろう。クリスマス、お互いの誕生日、付き合った記念日、そしてバレンタイン。 そんなバレンタインの夜に恋人とでなくバーのマスターと二人っきり。つい先程までは彼女と幸せな時間を過ごすはずだったのだ。 それを壊したのは俺自身。 「今思えば取り繕いようはあったと思うんですよ、でもね、あの時声が出せなかった。」 カウンターを挟んで向こうのマスターはワイングラスを拭きながらこちらへ相槌を返してくれる。ちょびひげがダンディに似合うスマートなマスターの他にこの店には誰もいない、運が良かったのだろう。いや、その運は数時間前に発揮して欲しかった。 「マスター新しいの作って貰えます?あと、少し聞いてもらっていいですか?」 他になんかやることあったらぶち切ってもらって大丈夫なんで。 空になったグラスをマスターへと滑らせながら力なく口角を上げ、対面の彼を窺うと、グラスを受け取りその後、『どうぞ』とでも言うように手のひらで示される。 くだくだと面倒臭い客だろうと自覚しながらも後悔を口走る。 酒がうまいのとマスターの優しさが沈みきった心に染み入った。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加