記憶

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記憶

「はい、手術完了です。お疲れ様でした」  スーツに白衣を羽織った男は、大した感情も込めずに言った。この作業は別に特別でもなんでもなく、日常ルーチンに組み込まれているといった感じだ。  その言葉を、まだ意識がはっきりとしていない状態で受け取った少女は、手術台からなんとか上半身だけを起こす。白衣の男は、少女の瞳を観察し、いくつか質問を投げかける。 「ご自身のお名前、言えますか?」 「ご自身が何歳か、分かりますか?」 「どこに住んでいるか、覚えていますか?」  少女はその問いに、「飯牟礼明日花(いいむれあすか)」、「十四歳」、「五龍水都A区」と順々に答えた。男は、「よろしい」と頷き、最後に問うた。 「ご家族、もしくはご友人の名前を、一人でも覚えていますか?」  明日花は、記憶の底までも探ったが、断片すら見つからなかった。よって、「覚えていません」と簡潔に答えた。  男はやはり、事もなげに頷いた。 「分かりました。手術は成功です。……このままお帰りいただいて結構ですよ」  男は明日花への興味をなくしたようで、銀白色の機材を折りたたみ始めていた。明日花は、手術台から降り、靴をはき、少しふらつきながら無機質な大扉の前に立った。 「ありがとうございました」  明日花はか細い声でお礼を言い、男は手だけをあげ、それに応えた。扉が自動でゆっくり開ききるのを確認すると、明日花は部屋から辞去した。  ――お腹空いたなあ。  彼女はそんなことを考えながら、薄暗い照明が照らす、細長い通路を歩いていた。
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