記憶

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「明日花ー? 学校遅れるわよー?」 「はーい!」  明日花は長袖の制服に腕を通しながら、一階にいる母へ向けて返事をした。手鏡を片手に前髪をいじり、あまり髪型に納得はしていないが自室をでて、階段を足早におりた。 「明日花、朝ごはんは?」 「登校しながら食べる!」  明日花はテーブルの上の、一口サイズの立方体固形食を三つ手に取り、そのうちの一つを口に放り込んだ。  靴をはきながら外に出ると、百九十センチ近い長身の、浅黒い肌の青年が、腕を組みながら不機嫌そうな顔をして待ち構えていた。 「遅ぇよ」 「ごめんごめん」  明日花は目の前の青年、前畑悠馬(まえはたゆうま)に謝った。そして、手のひらにのせた緑色と茶色の固形食を、差し出した。 「これ、あげるから許してよ」 「いらねぇよ。ほら、急ぐぞ」  悠馬は先導して、長い足をしなやかに動かして走り始めた。明日花は、自分の歩幅では本気で走らないと追いつけないと察し、残りの固形食を口に含み、全速力で追いかけた。  明日花と悠馬はいわゆる幼馴染の間柄である。小・中学校は同じで、なんとクラスまでもが全て一緒であった。例に漏れず、高校二年生になった現在でも高等学校は同じ、クラスも一緒。何か運命めいたものを感じせざるを得ないが、彼らは恋人関係ではなく、単なる友達だ。腐れ縁と言い換えてもいい。  二人の家の距離は二百メートルほどで非常に近いので、なんとなく悠馬は彼女の家の前で、共に登校するために毎朝待機している。なお、三日に一度は明日花の寝坊を見捨てて、先に登校しているようだ。  ……もっとも、これらの情報は二人とも『国民記憶保守組合』から取得したものであり、実際に記憶が残っているわけではないと、明言しておく。
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