記憶

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 明日花は、悠馬の声を耳に入れたことにより、眠気を解き放っていた。本当に、世界史が好きなのだな、と深く感心していた。浅羽も同様で、満足そうな表情を見せた。 「よろしい。前畑君はよく勉強していますね。そうですね、スペンサー教授は特効薬を見事この世に生み出しました。それにより、ウィルスの繁栄は潰えたかのように思われました。が、一つの問題が発生しました。この薬には、副作用が存在したのです。……薬を投与された人間は、全員『海馬腫瘍障害』という病を、発症しました。さらに今現在、世界中の人間は全て、この障害を抱えています。これについては、みなさん十分知っているとは思いますが、念のため言語化しておきましょうか」  浅羽は、端末を操作し、画面を切り替えた。ヴォン、という音とともに、空間が歪んだ。浅羽は先を続ける。 「海馬腫瘍障害について。私たちの記憶は、大きく分けて、大脳皮質と海馬の二つの脳器官によって、保存されています。大脳皮質は古い記憶、つまり、定着した日常的な記憶を保存し、海馬は新しい記憶を保存します。件の障害は、海馬に腫瘍を発生させ、記憶障害を引き起こします。そして、腫瘍は段々と肥大化し、最終的に死に至らしめます。が、スペンサー教授はこの副作用をも克服する術も生み出していました。『ザムルレーザー』という特殊なレーザー線を頭に浴びせることにより、腫瘍を極消化させるのです。……ですが、副作用を治す手法にも、さらに副作用が存在しました。腫瘍を消滅させると同時に、海馬に保存してある記憶までをも、消してしまったのです。海馬にある記憶、主に、自分以外の人の顔、名前などです。それらの情報が、レーザーを浴びることにより、消え去ってしまいます。このレーザー手術は、個人差はありますが、大体三年から四年に一度のペースで受けなければなりません。――つまり、私たちは約三年ごとに、交友関係をリセットしていることになりますね」  浅羽はそこで、生徒たちの顔を見渡した。辛うじて眠い目を擦りながら授業を聞いてる者は、「何をいまさら」といった感じで退屈そうであった。大半の生徒は寝ていた。その中で、悠馬は教諭の一言一句を聞き逃すまいとしていた。  明日花は……。虚空を見つめ、表情からは思考を読み取れない。
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