2.舞台

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2.舞台

小学生の低学年だった船越はそろばん道具を抱えて家を出たところであった。 商人の街、大阪の中心地。 自宅の玄関を出たところで信さんに声を掛けられた。 信さんは有名な老人である。 まだ小学生の船越でさえ新聞で名前と顔を知っている。 「習い事でも行きますのか?」 船越は自分に声を掛けられたことに子どもながら恐縮している。 「は、はい」 『挨拶は元気ようせなあかんで』という母親の声を勇気に変えて船越は優しい眼差しを向ける老人に応えた。 「なにを習ってますのんや?」 信さんは船越と並んで歩きながら尋ねる。 「そろばんです」 「この辺りの子らはそろばんを(なろ)うてる子が多いんか?」 「はい、、、いえ、習字の子もおります」 「いつからそろばんを習い始めたんでっか?」 「まだ始めたばかりです」 「ほう。それにしても受け答えがしっかりしてるボンやな」 道を歩く誰もが信さんを見つけて驚いている。 「信さん、おかえり、お元気そうで」 すれ違う豆腐売りの男も信さんと気づいて声を掛けていった。 船越は信さんと二人で歩きながら誇らしい気分になった。 「そろばんはよろしいな、頭の回転が速なりまっせ」 そろばん塾でもまだまだ周りの同級生に追いつけないでいる船越は少しだけ憂鬱になっている。 「あてが小さい頃はおとんぼや言うてようからかわれましたわ」 「おとんぼ?」 「おとんぼ、わかりまへんか?」 「はー」 「おとんぼちゅうのは末っ子、いう意味や」 「末っ子?」 「そうだす、末っ子やからいつまでも甘えたでからかわれましたんや」 「ボクも末っ子です」 「さよか、ボンもおとんぼか」 船越は信さんと共通していることが嬉しかった。 夏の夕陽が遠い西の空に傾き始めている。 「まだ始めたばっかりやと周りについていけまへんやろ、そろばん」 信さんは先ほどまでの表情を読み取っていたのかズバリと船越の心を射抜いた。
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