2.舞台

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玄関を出て信さんと歩きはじめたこのわずかな時間の中で船越少年の心は上がったり下がったり慌ただしい。 「なんでも始めからうまいことはいきまへんがな、あてもたくさん下手をやりましたわ」 船越は信さんが励ましてくれていることに子どもながらに申し訳なく感じた。 「面白そうやと(おも)うてそろばんをやり始めたんやろ?」 確かに楽しそうにそろばんの話をしている同級生を(うらや)んで母親にお願いをして始めたそろばん通いであった。 「あてがちょっと関わっている北海道の大学の先生なんかもおもろいで」 信さんはそう言ってオレンジ色の空を指さした。 「冬に雪が降るやろ、その雪を自分らの手で作ろういうて研究してはる先生もおるんやで」 「雪を作る?そんなことできるんですか?」 「どうかな、できるかどうかはわからへん。でも、その先生は雪を作りたいって思ってはんねん」 「どうやって作るんですか?」 「さぁな、あてにもまったく見当がつきまへんけど、なにかを作りたいいう心意気が一番大事な気がしまっせ」 船越少年は単に信さんが自分を励ますためだけの作り話なのかと疑ってもいた。 「雪を作ってどうするんですか?何の役に立つんですか?」 「はて、どうするやろな?何の役に立つんやろな?」 船越なりに人の手で作り出した雪の使いみちを必死に想像しようとしていた。 「何の役に立つかは出来てから考えたら良ろしいやないかいな。それよりもそんな突飛押しもないことを思いついて、やりたい思うことの方がすごいことやと感心させられますわ」 どうやら信さんはそんな研究をしている先生のことを本気で尊敬しているようだった。 「ボンはなんでそろばんを習ってますんや?」 急に自分の話題となり船越は答えに戸惑った。 その様子を見て取って信さんは続けた。 「何のためってそないに大事に考える必要はありまへん。そろばんをやってみたいってボンは思うたんやろ?」 船越は大きく(うなづ)いた。 「やる前から、何のためになるかなんて考えてたらなんにもできまへんで。そんなもんとちゃいまっか?」 船越はそう言われながらも人が作り出した雪が何に使われるのかをまだ頭の片隅のどこかで考えていた。 「自分でやってみたから見える景色ちゅうのもあるんとちゃいますやろか。まずはやってみなはれ」
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