耳環と片腕~万葉浪漫譚~

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萌え出づる 春の色を 共に見ようと誓った 私の左耳に光る翡翠と同じ色の お前は憶えているだろうか 雄高(ゆたか)                 *  霊亀(れいき)二(716)年八月。  優れた歌人として知られ、志貴皇子(しきのみこ)と称せられた人がその生涯を終えた。  天武天皇の御代に移り、華々しき栄達には恵まれなかったが、清らな生き様で時代を吹き抜けた彼の歌の才は、後世にまで受け継がれた。  妻・託基皇女(たきのひめみこ)と仲睦まじく、春日王(かすがおう)など子にも恵まれたが、どこか寂しい、儚い笑みの絶えぬ人であった、と周囲の者たちは彼の人柄を偲んだ。  繊細で玲瓏な玻璃細工のような面影は、何時もあらぬ方を見遣り、物思わしげであった。  歌を詠み、珍かな香を取り寄せては室内を芳香で満たす。  贅の極みを許される皇族にしてはささやかな嗜好を持つ、風流人だった。  だから、そんな穏やかに慎み深い彼の寝台の下から、白木の長方形の箱が発見され、もう色褪せた若草の紐を解いて中を見た人たちは、仰天した。  そこには皺だらけに干からびた、一本の、元は腕であったかと思しき物が異臭を放ち納められていたのだ。  まるで秘めた宝のように。
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