耳環と片腕~万葉浪漫譚~

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                  *  それから、長い歳月が流れたが、志貴皇子の時間は、あの嵐の晩に止まったままだ。  何度も春は廻ったが、共に喜びを分かち合いたい人間は、もういない。  翡翠の耳環くらい、どうしてくれてやらなかったのかと、幾度も幾度も悔やんだ。  雄高は彼の全てを、志貴皇子にくれようとしたのに。  血生臭い抗争を横目に見ながら、皇子はひっそりと生きた。  雄高を失って以降の年月が、彼の余生だった。  皇子は次第に、(とこ)に臥せるようになった。  典薬寮(てんやくりょう)(宮内省に属し医療関係を管轄する役所)から馳せ参じた薬師(くすし)(医者)は、志貴皇子の容態を診て沈鬱な表情になった。その様子により、雄高との再会が近いことを悟った皇子は、逆に、花開くように口元を綻ばせた。  今度こそ、耳環をくれてやれる。  今度こそ。 〝及ばずながら俺が、志貴の片腕になってやるよ〟  その声を思い出し、寝台の下に置いた物を想う。  腐臭を誤魔化す為に、随分と色々な香をきつく焚いて過ごしてきた。 (ああ。雄高。ずっとお前の片腕と共に在ったよ)  死肉すらも愛おしい。
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