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「Yさんが屋上から飛び降りたのが、この時間」
Sが目を向けると窓の外を長い髪の女が頭から落ちて行くところだった。Sと女の虚ろな目が合ったのは、ほんの一瞬のことだった。
ウィン……と動作音が途切れ、複合プリンタから紙が出力され始めた。
Sは胸を手で押さえた。まだ心臓がドキドキ言っていた。たった一瞬、合った血走った目。その目に心臓をつかまれたようだった。
出力された詳細設計書を手にして、
「Yさん、若かったんですね」
しかしSはそこから立ち去ることができなかった。誰かと何か喋っていないと耐えられなかった。
「見た目のせいかな。とても小三の息子さんがいるようには見えなかったですよ」
強がりの軽口を叩きながら、Sは窓の外を落ちて行った女の顔を思い浮かべた。ぱっと見、二十代前半。せいぜい二十代半ばにしか見えない。とてもじゃないが子持ちには見えなかった。
NはSの顔をまじまじと見つめ、
「メガネかけたショートカットのおばさんだったろ?」
首を傾げた。Sは首を横に振った。瞬間、
「あぁ、今年は本物だったか」
Nはぽつりと呟いた。
「たまに引っ張られる人がいるんだよ」
救急車のサイレンの音が近付いてくるのが聞こえた。
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