おかあさん

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「どうした、S。ようやく終電が終わったって気がついたか」  同じプロジェクトチームのNが、やはりあくびをしながら近付いてきた。冗談に上手いこと切り返せるような頭は残っていない。Sはハハ、と雑に笑って複合プリンタをつついた。 「眠気のせいですかね。こいつの動作音が女の子が“おかあさん”って呼ぶ声に聞こえるんですよ」 「いや、違うぞ。小さい男の子だ」  さらりと言って、Nは自身の腕時計を確認した。 「あぁ、やっぱりそうだ。毎年、この時間になると聞こえてくるんだよ」  へらへらと笑いながらNは複合プリンタに寄りかかった。 「何年か前に仕事始めに納品ってことがあってな。しかも客が設計書とか紙媒体でも納めろって言いやがって。年単位のプロジェクトだぜ?」  長期間のプロジェクトは設計書だって膨大な枚数になる。それを印刷してキングファイルに閉じて、印刷漏れや押印漏れを確認して……うんざりする作業だ。 「年の瀬だってのに終電過ぎまで残って納品準備してたんだけどさ。そのメンバーの中にYさんってのがいたのよ。シングルマザーでさ、その日も小三の息子一人で留守番させてたんだよ」  複合プリンタは“おかあさん、おかあさん……”と呼び続けていて一向にSの詳細設計書を出力しようとしない。     
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