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「私と別れたら、あの新人の子とつきあうの?」
千里が尋ねると、隼人はぐっと口をひき結んで首を横に振った。
「佐藤有香? つきあわない。社内でもべたべたしてきてうっとうしい。でも急に冷たくしたら、余計に面倒くさいことになりそうだから、しばらく様子見て距離をおく」
「ずるいね」
「千里さんに言われたくないよ」
すねたような口調は、今でも可愛らしかった。
「隼人、次はもっと素直に隼人に頼ってくれるような人をみつけて、幸せになってね」
上手に演技ができた。千里はちょっとだけ自分をほめてやりたくなった。
別れたらきっとさびしい。とくに体がさびしいだろう。千里はひとり残されたあとの空虚な気持ちを思い浮かべた。
でも、だからってなんだろう。一緒にいたって私はこの人に嘘ばっかりついてきたじゃないか。
隼人は急に感傷的な顔になった。
「……あのね、千里さん、これだけは言ってもいい? 信じられないかもしれないけど。千里さん、俺にお金くれるときすごく幸せそうな顔するんだよ。いつものクールな感じとは違う、すごく可愛い顔。その顔見ると、俺に頼られたり、必要とされるのが嬉しいのかなって思っちゃうんだよ」
可愛い顔。千里はその言葉をきいてはっと目を見開く。この人はこんなにも一生懸命、私の顔をみつめていた。私が一瞬、隙を見せて幼くなる瞬間を、ちゃんととらえていた。そして、それを可愛いと表現してくれる人だったのに――
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