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隼人は下まぶたに涙を光らせたまま、微笑んだ。
「だから、男としてだめになりそうでも、千里さんの彼氏をやめられなかった、あなたが他の誰にも見せない可愛い顔するのを、もっと見たかったから」
それはきっと真実なのだろう、と千里は思った。隼人のために財布からお金を出す瞬間、千里はいつも心の中で叫んでいた。
――私のことを可愛いと思ってください。けなげで愚かで、本当は弱い女なんだと知っていてください。
それは飾ることのない素直な気持ちだった。
「俺ね、二年つきあっても、どうやったら千里さんが喜んでくれるのかよくわからなかった。でもその顔を見るたびに、俺はこのまま千里さんを好きでいてもいいのかなって、思ってたんだ」
隼人は苦しい顔でため息をついた。その顔を見ると、千里の胸にも苦い罪悪感がこみあげた。
彼にも千里のかわいがり方がわからなかった。父親と同じように。
そして自分は、いつも素直になる方法がわからない。気むずかしい幼子のままだ。
どうしたいのか、どうしてほしいのか。口を閉じたままじっと我慢して、なにが正しいのかそればかりを気にして、チャンスを失ってしまうまで本当の自分の気持ちに気づけない。
「でもやっぱ、千里さんが変わらない限り、俺には無理だわ」
隼人の目がふたたび赤くなってうるんでいた。
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